記念

□泡沫の平穏
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道路の端に目をやる。
見えた人影、民家の壁にもたれかかった待ち合わせの相手。

「(ユフィ…)」

彼女は盛んに携帯のディスプレイを確認している。
メールをするでもなく…どうやら時計を見ているようだった。

「(さて、どうするか)」

そう、猫の姿では大学は愚か、彼女と話すことも出来ない。
しかし、体育祭も過ぎた秋の早朝は冷えるのだ。
そんな中、彼女を1人で『来ない』ヴィンセントを待たせる訳にはいかなかった。
見て見ぬフリも出来そうにない。
途方に暮れて塀の上に座り込む。

一体どれだけの間、そうしていただろうか。
…1分…2分…気のせいか、先程からユフィがじっとこちらを見ているような気がする。

「(見て…否、気のせいか?)」

思わず身体を固くする私に彼女は笑った。
やはりこちらを見ていたようだ。

「お前…どうしたの?」

普段より幾分か柔らかい声。
とろりと耳に心地良い。
そう思っていると目の前に白い指が伸ばされた。

「寒くて降りれないの?」

…おいで?

逡巡したのは一瞬だった。
夢よりもずっと確かな感覚。
ふっと甘い髪の香りがした。
その香りに動揺して身じろぎすると、それを警戒と取ったのかユフィはしゃがんで膝に私を置いてくれた。

「お前の瞳もあのひとと同じ赤色なんだ〜」

赤色の瞳の『あのひと』
自分の話題に心臓が跳ねた。
…聞いてはいけない。
理性が警鐘を鳴らすが、好奇心がそれを押し流す。

「待ち合わせ…る、約束なんてないんだけどなぁ」

逃げない私をどう思ったのかそっとその背中を撫でて、ユフィは苦笑した。

「いつも7時頃、会ってたからかな…」


一緒に学校に行ってたんだよ?


「(その通りだ)」

肯定して頷く。
勝手に私が『待ち合わせ』していた朝の習慣。
私が少し遅れた場合では彼女が『待っていた』こともある。そこに彼女との約束はない。
そんな約束などなくても、彼女とは会えそうな気がしていたのも事実だ。

「きっと先に行っちゃったんだ」

「一緒に行くの嫌になったのかも」

ユフィがふっと表情を陰らせたのを見て私は思う。

(…今度きちんと約束しよう)

そう考えていた私に更にユフィは続けた。
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