巻物

□初日
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1年の最後の月となる12月。
アイシクルロッジの人が訪れる事の出来ないとある場所にその家は建っていた。
そう、その家はサンタの家である。
サンタと言えば赤い服を着た白いヒゲの太ったお爺さんを想像するだろうが、このザンタは少し違う。

「これでいいな」

黒い部屋着にヒゲのない整った美しい顔、そして細身の長身で黒い髪の若い青年だった。
名はヴィンセント・バレンタイン。
苗字が2月のバレインタインデーをイメージさせるが、これでもれっきとしたサンタである。


ヴィンセントはプレゼントリストのチェックを終えると、寝間着に着替えてベッドに潜り込んだ。
24日になるとまた毎年恒例の大仕事がやってくる。
子どもたちはサンタ(自分)からのプレゼントを楽しみにしつつ、家族たちとクリスマスを楽しむのだろう。
微笑ましい事だが、独り身の自分にとっては無縁の世界だ。
独り身じゃない他の地域のサンタはいるし、自分に好意を寄せてくれる女性はいる。
だが、過去に人間関係でトラウマを持ったヴィンセントはそれ以来、人を遠ざけるようになった。
それがヴィンセントの独り身たる所以である。

(面倒なのはもう御免だ)

辛く苦しく悲しい想いはもうしたくない。
もう出来るだけほっといてほしい。
それだけがヴィンセントの願いだった。













翌朝。
いつもは自然に起きるのだが、今日は違った形で目覚めた。
自分の体の上に何かが乗っているような感じがする。
しかもなんか温かい。
ヴィンセントは薄く目を開いて重さの正体を確認した。
何やら黒い髪と小さなつむじが見える。
他には可愛らしい兎の絵がプリントされたモフモフで暖かそうなパジャマのような物が見える。

「・・・っくし・・・!」

可愛らしいくしゃみをしたのでとりあえず毛布を肩までかけてやる。
すると、重さの正体である人物はもぞもぞと小さく動いて小さな寝息を立て始めた。
その寝息を始め、鼓動・体温・ほのかな甘い香り・そして柔らかい感触がヴィンセントに伝わる。
特徴からして女性のようだ。

(女性・・・)

瞬間、ヴィンセントは弾かれるようにして大きな音を立てながら派手にベッドから転げ落ちた。

(な、何故私のベッドに・・!?昨日まではいなかったし、ましてや連れ込んでんもいない、いやそれよりも・・・!)

混乱する頭で必死に状況を整理しようとする。
すると、ベッドに残されていた女性―――というよりも少女は小さな呻き声を上げて目を覚ました。

「んん・・・あれ?ここどこ?」

少女は目を擦りながら辺りを見回す。
しかしまだ寝ぼけているのか、今にも二度寝をしてしまいそうな勢いである。

「・・・お、おい」
「んー?」

声をかけると少女はやや気怠げにヴィンセントの方を振り向いた。
肩にかかるくらいの黒く短い髪が小さく揺れて漆黒の瞳がヴィンセントを捉える。
すると、少女は固まった。

「・・・君は?」
「・・・アンタ、ヴィンセント?」
「そうだが、何故―――」
「なんだよ〜!準備が出来たらすぐに飛ばすとか言ってたけど寝てる時に飛ばす事ないだろー!!」

ヴィンセントの言葉を遮って少女は怒り叫ぶ。
信じらんない、だとか、何考えてんだ、など悪態をつく少女をしばらく呆然と見ていたが、もう一度声をかけてみる事にした。

「・・・君は」
「ったく・・・ん?」
「君は―――誰だ?どうやってここに来た?何故私を知っている?」
「あ、ああ、自己紹介とかがまだだったね。アタシは可憐で儚い唯一無二の美少女・ユフィ!」
「可憐で儚い・・・?」
「コラそこ!疑問符付けない!!」
「そんな美少女が私に何の用だ?」
「なんだか冷たい言い方だな〜。子どもたちのプレゼントを配るサンタの手伝いをしてやろうと思って来たのに」
「今までも一人でやってきたから問題ない。悪いが帰ってくれ」
「冷たいな〜。そんな風に言わなくてもいいじゃん」

「ワイもそう思いまっせ、ヴィンセントはん」

部屋の扉が開き、猫型ロボットが顔を出してそう言った。

「わ、猫!可愛い〜!」

ユフィは目を光らせると素早く猫型ロボットを抱き上げて愛で始めた。

「この猫何?」
「猫型ロボットのケット・シーだ。私たちサンタの仕事を総合管理するトップが遣わした物だ。
 仕事の関係で何か必要な物があればそれを使って調達をする」
「へ〜、アンタ便利なんだね〜」

ロボットである事をいい事にヒゲを触ってくるユフィの手をやんわりどけながら猫――ーケット・シーは言う。

「確かにヴィンセントはんは効率よく仕事をこなしとるけど、たまにはこういうのもええんとちゃいます?
 それにお嬢ちゃんにとってもいい体験になるし―――お嬢ちゃんはいつまでおるん?」
「25日の明け方くらいまで?かな」
「せやったら二週間か三週間ちょいやないですか。それまでの間置いといてやってもバチは当たりませんて」
「得体の知れん奴を置いておける程お人好しではない」
「得たいの知れない奴とは失礼な!変な事なんかしないよ!」
「本人はこう言うてはりますけど、ワイは信じてみるのもええと思いますよ」

ただでさえ人と距離を置きたいというのに、その上相手は素性の知らぬ少女だ。
自分がおかしな気を起こすという可能性は極めて低いが、それでもそこら辺は少しは気にして欲しい。
しかし、ここで追い返そうとしても、外はもう夜でしかも猛吹雪が吹いている為、家に帰してやる事が出来ない。
それに辺境の探検好きでも訪れる事の出来ないここにいとも容易く訪れた少女は絶対に普通ではないだろう。
少女の事を観察するのも含めてヴィンセントは仕方なく承諾する事にした。


「・・・仕方ない。ただし、あまり勝手な事はするなよ」
「はいよ〜」
「それと、寝床はソファでいいか?」
「うん。毛布貸してくれるなら」

こうして、謎の少女・ユフィはサンタ・ヴィンセントの家に居候する事となった。

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