book1

□不死の声
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近頃、霧があることを忘れさせる様な、高らかに響く音が聞こえるようになった。
一人静かに竹林の中でそれを聴いていると、心の靄さえも消し去ってくれそうに思える程、美しい鳴き声だと妹紅は思った。
その声の主はどんな見目なのだろうと、妹紅は目を閉じ想像してみる。
小さな嘴をしたかわいらしい小鳥だろうか。
鳴き声の印象とは程遠い、猛禽類の様な姿だろうか。
しかし想像の終着駅などどこにもない為、妹紅は再び目を開け、その姿を探してみた。
もちろん、答えは分かっていたが。
一面の霧の中、せめて羽音でも聞こえたらなと軽く溜息をつき、迷い人のない間はその声を聞きながら時を過ごした。

その様な日々が続いたある日、今日もまた声の主が鳴き始めたので、妹紅は目を閉じ意識を耳に集中させて聞いていた。
すると研ぎ澄まされた聴覚で、いつもとは違う音を捉えた。
羽音だ。
音のする方向へ顔を上げると、霧の中に、ぼんやりとした黒い影が見えた。
鳴き声は、その影からまっすぐに届いていた。

「お前だったのか。」

妹紅が独り言を呟く間も、鳴き声は止まない。

「美しい鳴き声だな。」
「朝に聞こえるお前の声はとても心地よい。」
「いったいどんな姿をしているんだ?」

すっと、妹紅が立ち上がった途端、羽音は大きく音を立てた。
ああ、驚かしてしまったかと溜息をつき、ゆっくりと再び腰を下ろしながら、明日も鳴き声が聞こえたらいいなと影のあった箇所を見つめた。

「貴方の様に美しい姿は持っていない。」

突然、背後から聞こえた声に妹紅は身構えた。
しかし、その声の主は随分と小さな、片目を閉じた鳥の姿だった。

「・・・お前が、鳴き声の主か?」

妹紅は半信半疑で尋ねると、小さな嘴が開き、常々聴き入っていた声が響いたので、この鳥が鳴き声の主であると分かった。

「人と話せるんだな。」
「話しかけられれば、話すこともある。」
「・・・何か基準はあるのか?」
「私にとっての悪意を持つ人間とは話さない。後は話したい人間と話す。」
「・・・何故、私と話したいと思った?」
「貴方は綺麗だから。」

妹紅は思いもかけない理由に面食らってしまった。
しかし目の前の小鳥は淡々と理由を述べる。

「貴方は白くて、綺麗。私には生きられない色だから。」

生き残る為の保護色を纏った小鳥は、そこで小さく鳴いた。

「私は別に、この色で生き抜いてる訳じゃない。」

小首をかしげる小鳥に、妹紅は冗談めかして言う。

「私は死なないだけなんだ。」

おどけた表情で、笑う妹紅に小鳥は黙ったままだった。

「そうか。」
「・・・なぁ。そこは信じるところじゃないだろう。」

鳥には冗談めかしたものは通じないのか、と考えていたところで小鳥が口(嘴)を挟む。

「悲しそうに冗談を言う人間はいないから。」

そこでぐっと、妹紅の胸が詰まる。
無意識の表情か何かが、出てしまっていたのだろうか。
しかしどちらにせよ、

「お前は、ずっと人間くさいな。」

随分と高度な会話の出来る小鳥に、ただただ感心するばかりだった。
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