短編2

□ネズミとネコ
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「んじゃみなさんお待ちかねの席替えターイム!」

その言葉を待ってましたと言わんばかりに女の子達が一斉に立ち上がった。
特に彼から一番席が遠かった女の子は早かった。実に早かった。
確実にみんな彼の隣を狙っている。
しかも彼は一番右端に座っているもんだから、彼の隣は俺が座っている場所だけなのだ。
俺は気を使って他の席へと向かおうと立ち上がると、何故かカクンと再び座ってしまった。

「へ?」

見ると俺のズボンの裾を彼が握っている。
それにしても強い力だと思った。
裾を握られたくらいじゃ普通簡単に立ち上がれるはずなのに、それが出来ない。
と、いうよりどうして彼は俺の裾を握っているのだろう?
それと同時にギラギラとして視線を沢山感じた。
顔を上げて見ると女の子みんながこちらを見ていて、目でどけ!と言われているのが分かる。
でも握られているから立ち上がれない。彼の手を振りほどくにも、何故か彼の手に触れられないのだ。

「お、おお俺、トイレ行ってきます!」

とにかくその場から逃げたくて、みんなに聞こえるように叫んだ。
それを聞いた女の子達は親切にトイレの場所を教えてくれた。
決して俺の為を思って言ってるのではない、早く俺がこの席から外させる為だ。
するとようやく彼は握っていた手を離してくれた。

「行ってきます!」

俺は逃げるようにトイレへ駆け込んだ。
その背中にはまた彼の視線を感じたような気がする。

元々尿意を感じていなかったから個室へ入り、座って少し休んでいた。
それにしても今日の自分は何かおかしい。
どうして彼にあんなにも惹かれてしまうのだろうか。
男なのに。
多分アレだ、視線を感じるから気になるってだけなんだ、きっと。
よし、っと立ち上がり個室トイレから出た。
きっと彼の隣争奪戦は落ち着いているだろう。…いやまだ盛り上がっているかもしれない。
どっちにしたって俺には関係ないことだ。
なんとなく彼の正面じゃないことを祈りながら男子トイレを出ると、何故か彼がそこに立っていた。

「え?」

思わず目が合ってしまう。
ああほら、どうして。
漆黒の瞳に吸いこまれるようにまた動けなくなってしまった。
そして目が離せない。

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