短編

□登り、下り
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「天秤座の貴方は今日大好きな彼と一緒に過ごせるでしょう。」

今朝の占いコーナーでお姉さんがそんな事を言ってたっけ。
大量の書類に埋もれながら綱吉は今朝見た映像を思い出していた。

占いなんか女の子じゃないんだし、正直興味はなかった。
今日の運勢は最高、なんて言われたとしても元がダメツナなのだから、何をしても意味が無い。
良い事があった後には必ず悪いことが起きる。
だから最初から期待なんてしないのだけれど。
大好きな彼と、と言ったお姉さんの言葉を聞いて綱吉はばっ、と画面を見てしまった。

「一緒に…過ごせる?」

大好きな彼、とはもう付き合いが十年になる雲雀恭弥のことだ。
自由な彼はいつも何処かに行っていて、なかなか会えない。
甘えることが出来ない綱吉も、会いたいとは口には出せなかった。

「会える…かな?」

いつもは信じないお姉さんの言葉を何故か期待してしまう。
それは多分綱吉自身が今、彼に会いたいと思っているからであろう。
そんな淡い期待をしていると、ノックもなしに執務室の扉がバンと開いた。

「え、嘘…」

扉を開けた人は今一番綱吉が会いたかった恋人の彼だ。
日差しが強い場所へ行っていたのか、真っ白な肌が少しだけ焼けている。
だけどあの真っ黒な髪に切れ目から覗かせる真っ黒な瞳は変わらなくて、思わずドキンと胸が鳴る。
会えると思っていなかった綱吉は固まって口をぽかんと開けたままだ。
そんな様子をみた雲雀はギッ、と綱吉を睨み、手を掴んだ。

「いっ!痛い!」

「何その間抜け面。手が止まってる。あと一時間でこの書類片づけなよ。」

「え?…ええ!?」

久々に聞いた彼の声は甘い声でも優しい声でもない、低いテノール音。
そして掴まれた手首は恋人に握るような強さじゃない。
キリキリと骨が軋む音が聞こえる。
何をそんなに怒っているのか分からないが、明らかに不機嫌な表情だ。
そして彼はこの大量な報告書を一時間で片付けろ、と言っただろうか。

「む、無理です!見て下さいよ、この量!」

「ここまで放置した君が悪い。時間が無いんだ、早くしてよね。」

この人は言語道断だと、心底思った。
いや、付き合う前から分かっていたのだが。

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