パラブルストーリー


□荒野を往くは孤独の花
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「あっ」

 砂埃が服を汚す、赤土の寂れた荒野。少女は声を上げて立ち止まり、青年は訝しげに彼女のほうを振り返った。

「ごめんね、踏んじゃった」

 そう言った少女の足元には、釣鐘状に小さな紅い花を幾つもつけた小さな小さな木があった。少女のブーツが葉の端っこを踏ん付けていて、彼女はそっと足をどけた。
 その木は一本だけ、赤土と石ころと枯れた雑草の跡しかない荒野に、凛として花を咲かせている。

「何やってんの?」

 花をじっと見つめていた少女に、しびれを切らしたらしい青年がちょっぴり不機嫌そうに言った。

「ねぇ、この花、淋しくないのかな」
「さぁ。淋しいかもしれないし、淋しくないかもしれない」
「むー……」

 青年の少々意地悪な返答に、少女は頬を膨らませた。青年は行くぞ、と言うとすたすたと歩きだしてしまう。少女は慌ててその背中を追いかけながら、後ろ髪を引かれるように振り返った。
 天に向かって真っ直ぐ葉を伸ばすその花は、気高く強く、そして儚かった。

「そういえば」

 青年が口を開いたので、少女は不思議そうに彼の横顔を見上げた。彼がこんなふうに自分から話をしてくれることは、めったになかった。

「あれの花言葉、しってる?」
「はなことば……?ううん、しらない」

「“孤独”」
「え……?」

 一拍の間を置いて青年の口から出た言葉に、少女は思わず足を止めてしまった。もう一度、振り返る。
 カラカラの土、強い風と日差し。生の恩恵から見放されたようなこの大地に強く根差す、ちいさな花。

「あれ、なんていう花なの?」
「さあ」
「しってるくせに」
「うん。でもないしょ」
「……意地悪」

 青年は一瞬だけ、ふっと微笑のようなものを見せた。そうして少女に背を向けると、再び歩きだす。

「早くこないと置いてくぞ、アルト」
「わっ待って!」
「待たない」
「ヒースの意地悪っ」

 追いついて、きゅ、と青年の服の裾を掴む。その小さな手のぬくもりを感じて、青年は満足そうに空を見上げた。

「しってんじゃん」
「え?何が?」
「なんでもない。ないしょ」
「意地悪ーっ」

 少女はまたもやむくれて、青年の、荒野とおんなじ赤茶けた髪を睨み上げたけれど、そのむっつり顔は長くは続かなかった。 そこにあったのは、少女が初めて見る、青年の素直な笑顔だった。

(ありがとう、俺をひとりにしないでくれて)


このはなずかん さま
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