パラブルストーリー
□さよならは言わない
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雨が降っている。その水滴の冷たさで、目が覚めた。
赤煉瓦を敷き詰めた地面は、長らく手入れがされていないらしく、隙間から草が生えている。顔を上げると、目の前は屋根の落ちた煉瓦造りの建物が並ぶ廃墟だった。
ここは何処だ。
立ち上がろうとして、途端に全身の骨が軋むような、嫌な感覚と痛みに襲われた。
「あー、くそ」
そうだ、肋骨が折れているんだった。思い出したら余計に痛くなってきて気が滅入る。呼吸が苦しい。息を吸う度、吐く度に肺が骨を圧迫する。まるで拷問だ。
何か気を紛らわせられる物はないかとポケットを探った。
「……あ」
ひとつ、何かが指に触れて、それを引っ張りだす。小さな、白い棒状のもの。煙草だった。シエルから貰って、シオンに渡した箱から、一本だけ抜け落ちていたらしい。普段は絶対に自分から吸わないそれを、しかしヒースは口にくわえた。ライターなどは持っていないので魔法で火をつけようとして、
「…………。フラム」
無言詠唱では発動せず、何年か振りに詠唱する羽目になった。ここまでボロボロになっている自分が、無様で逆に笑えてくる。火のついた煙草から煙を吸い込んだ。
「げほっ……、何だ、コレ……」
不味い。元々煙草は嫌いだが、それにしてもこんなに酷い味だっただろうかと思うほど、不味い。それでも、ヒースは再び煙を吸い込んだ。結局不味い煙にむせ返り、折れた肋骨を刺激することになったが、その自虐的な行為がなければすぐにでも意識を手放してしまいそうだった。
ふと、今の自分の状況を思う。死にかけの状態で地面を這いずって、それでも生にすがりついている、自分。
「はは……」
可笑しくなって、乾いた笑いを漏らす。少し前の自分なら、こんなふうに前に進もうなんて微塵も考えていなかっただろう。
雨が、一層激しく地面を打つ。さぁ、これからどうしようか。