パラブルストーリー


□橙色の明かりの下で
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 窓の外に目をやる。何年かぶりに訪れたそこからの眺めは、以前と変わらぬ真っ白な景色だった。

「お前さぁ、なんで何の連絡もよこさなかったんだよ」
「あー、まあ色々あって」
「嘘。単にそういう所まで考えてなかったんだろ」

 旧い友人の小言を聞き流しつつ、視線を室内に戻す。お世辞にも広いとは言えない部屋には、友人と、木製のベッドで眠る真っ白な髪の少女がひとり。

「なぁ、俺、また同じ事繰り返そうとしてる気がして……」

 呟いた不安は、最後まで言い切る前にため息になって掻き消えた。ずっとずっと昔のことが、昨日のことのように鮮明に脳裏に蘇る。
 そんな様子を感じ取った友人は、少し長い話を始めた。

「昔さぁ、アースガルズの宮殿仕えしてた時に、神族のナントカってお偉いさんから聞いた話なんだけど」

 友人は、窓の外を眺める。雲の上にあるこの街に、雨は降らない。一面綺麗に晴れ渡った紺色の空に、満月の光が一層映える。

「人間の命は神族や魔族や、俺みたいなエルフより短いから、俺達が長い時間をかけて感じ取ることを、何倍もの早さで感じ取らなきゃならないために他の種族よりずっと多感なんだってさ」
「多感、ねぇ……」

 そう言われても自分に当てはめるとあまり実感はなかったが、思い当たる節は、と、少女のほうを見遣る。彼女はよく笑って、よく泣く。表情がころころ変わっておもしろい。こういうのを多感と言うのだろう。

「そのせいで人間は他の種族よりも思い出とか過去とか、そういうモノにとらわれることが多いんだって」

 だから、と友人は続ける。哀れむでもなく、慰めるでもなく、かといって開き直るでもなく、淡々と。

「本来の人間の何倍も生きてるお前は、とらわれる過去も何倍もでかいってことなんじゃないの」

 友人は、ふ、と息をついてポケットから煙草を取り出した。「いる?」答えは解っているくせに半笑いで訊いてくる。「いや、いい」仕返しに、彼のくわえた煙草の先端に、無言詠唱で火をつけてやった。

「わっ……?」

 友人は、中途半端に驚いた声を出した。

 それを見て笑いながら、我ながら柄にもないことを口にする。

「頼みがある」
「ふぅん?珍しいね」

 友人も、不思議そうな顔をした。彼に借りを作るなど、それこそ何年ぶりだろうか。

「アルトに呪具作ってやってほしい。あいつ、魔法苦手みたいだから」

 なんだそんなことか、と友人は笑顔で言った。

「いいよ。お代は、――アルトちゃんとのデート権で」
「却下」
「いいだろ減るもんじゃないし」
「減る」
「何がだよ」
「……何かが」
「ははっ、何だそれ」
「……はは」

 夜更けの空に、流れ星ひとつ。街の外れの丘の上、ちいさな工房の、ちいさな部屋。ランプひとつ灯した明かりの下で、彼は久しぶりに、ほんとうに久しぶりに心から笑った気がした。


2周年企画番外小説


 

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