人類最強の兵長と。

□Another side story3
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「…皆、昨晩の任務ご苦労だった。皆の働きのお蔭で無事にアリアを保護し、こうして調査兵団に連れて帰ってくることができた。彼女は今医務室で静養しているが、幸い怪我も命に別状は無い。精神的にも、落ち着いている。」

全兵士が顔を上げて、エルヴィンの話を聞いている。視線の先に立つエルヴィンは、その表情を一切に崩すことなく、彼らに事の経過を話し始めた。その中にはリヴァイについての話は無く、地下の人間達の動機としては、アリアの金への執着と、彼女が透黄人であることから人身売買目当てであったことを告げた。
嘘の無い話の内容に、疑問を持つ兵士は一人もいなかった。彼女が実際にオークション会場に出品されていた事実を目で見た彼らにとって、納得のいく話だったからだ。

「そして…先日から続いていた調査兵団への襲撃は、調査兵団内に地下組織との繋がりがある人間が三名、潜んでいたことで侵入が容易になっていたとことが分かった。」
「え…?!」
ざわ、と兵士たちが驚きを口にした。特に昨夜からアリア奪還の為に動いていた者達にとっては、衝撃的な内容だった。ミカサも、アルミンも、コニーもサシャも、開いた口が塞がらない。すると、エルヴィンが静かに手を挙げ、その騒めきを沈めた。団長の冷静すぎる表情と所作に、どの兵士も困惑を隠しきれないものの、口を閉ざす。
「…動揺するのは分かる。だが、事実だ。我々はこの件を重く受け止めなければならない。」
そう言って、エルヴィンが息を吐く。事の核心に触れる、と決めた彼は、真っ直ぐに兵士達を見た。兵士達も事の顛末を予想したのか、表情を固めて団長の言葉を固唾を呑んで見守る。
「見た者もいると思うが、その件について中央審議会の者達が今、調査兵団に来ている。彼らの判断としては、アリアの居住地を中央憲兵へ移す、というものだった。」
「そんな…!」
兵士たちが、目を見開く。
「この判断については、致し方無いことだ。我々調査兵団に起きてしまった不祥事は…我々が責任を取るしか無い。本日をもって、アリアを調査兵団から中央憲兵に移す。」
「本日ですか…?!そんな…!」
「アルミン、座って。取り乱してはいけない。」
アルミンの服の裾を掴んで、ミカサが冷静に座らせる。しかし少し離れた右側の席で、ジャンが立ち上がった。
「団長、アリアを中央憲兵に渡す判断は理解できます…!でも、そんな、何も今日しなくたって…!」
「決定事項だ。変わることは無い。…中央審議会としては、一分一秒でも早くアリアを安全な場所に移動させたいのだろう。それも理解できる。我々、調査兵団の信用が地に落ちた今、我々に彼女を引き止めることも、中央審議会に意見を言うこともできない。」
微かな落胆の色も見せずに、むしろ凛々しく言い切る団長の言葉は、若い兵士達の気持ちに諦めを植え付けるには充分だった。ジャンが愕然として座り、会議室にまた静寂が訪れた。エルヴィンの表情は、一切に変わらない。
「…昼食時、食堂にて退団式を行う。希望者は参加するといい。これは、強制ではない。話は以上だ、全兵、解散せよ。」
「ハッ!」
エルヴィンが降段する際に、全兵士が立ち上がり、また敬礼をした。そして静かに団長を見送った後、ジャンが音を立てて立ち上がった。
「退団式、オレは行くぜ…!」
「うん、僕も。怖い事ばかりだったかもしれないけど、アリアには笑顔で飛び立ってほしいから。」
「私も参加する。参加しない理由が無い。」
「じゃあ、みんなで見送りましょうよ!お肉の彼女が来てくれたからこそ、私達も良い思いができたんです。だから…!」
「賛成だぜ、サシャ!エレンも行くだろ?」
「あ…ああ、当然だ。」
一点を見つめてぼんやりとしていたエレンが、慌てたように顔を上げた。もちろん気付いたミカサが、彼の隣に歩み寄る。顔色は変わらないが、どこか落ち込んでいるような、心配しているような表情を浮かべている彼は、悪い、と言って立ち上がった。同世代の仲間たちも、エレンの様子の変化に気付いて目を向ける。
「どうしたの、エレン。」
「いや…ほら。アイツって、一緒に暮らしてたジイさんも殺されて…ロックベルさんも死んで…それからずっと、エルヴィン団長やリヴァイ兵長、ハンジさんと仲良くしてただろ?そんなアイツが、独りになるなんてよ…大丈夫かな、って思ったんだよ。」
「確かに…」
彼らの脳裏に浮かぶのは、エルヴィン、リヴァイ、ハンジに囲まれて楽しそうに笑っているアリアの姿だった。食事も共にしていることが多く、また早朝訓練を一緒にしていたことも、皆知っていた。楽しそうにしているのはアリアだけでなく、いつも厳しい顔をしているリヴァイも、彼女と共に過ごしている中で、少しずつ表情が柔らかくなっていった。
「団長たちも…寂しいだろうな。」
「そうか?さっきは微塵も感じなかったけどな。」
「私、エルヴィン団長に、寂しいとか悲しいって感情を感じたことないです…。」
「オレも。あの人の精神力、人間を超えてるぜ。」
コニーの言葉に、多くの仲間が頷いた。しかし、その中でミカサはドアへと目を向けた。団長が去って行ったその扉に、何が見えるのだろう。

「涙を流すから、寂しいわけじゃない。表情に出さないからと言って、悲しくない訳ではない。」
「ミカサ…」
「きっと、エルヴィン団長もそう。」


会議室の外を、黙って歩くエルヴィン。すれ違う兵士たちに気付かない訳では無かったが、どの兵士とも視線を合わせることはなかった。

そして彼がやっと団長室に辿り着いた時、彼は静かにドアを閉ざし、中から鍵を掛けた。




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