人類最強の兵長と。

□いつもと違う日。
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彼女が何を怒って席を立ったのかは分からない。だが、あんな風に怒りの矛先を向けられた手前、放って置く訳にもいかなくて部屋を訪ねてみた。閉ざされたドアの向こうには、火が灯っている。幸いにも、彼女は自分の部屋に一直線に帰ってきたようだった。

ドアノブに手を掛け、それをゆっくりと回す。金属音を立てたそれは、簡単に自分の侵入を許す。鍵をかけていないところをみると、まだ話す気がある、ということだろう。もしかしたら、鍵を掛け忘れていただけかもしれないが。

部屋の中に一歩踏み入ると、そこにはベッドに腰掛けて顔をうつむかせているアリアがいた。俺が入ってきた事に気付いたのか、一瞬顔を上げて、また視線を落とした。

「…腹が立ったとはいえ、食事中に席を立つとはな。…内地でテーブルマナーを学んできたんじゃねぇのか。」

『…だって…リヴァイさんが…』

唇を尖らせたアリアの前に立つ。顔を上げないが、喋る気はあるらしい。ランプに灯された火が、ゆらゆらと揺れるたびにアリアの髪が金色に輝く。俺はそれを眺めながら、青い瞳がこちらを向くのを待ってみる。しかし、アリアは顔を上げない。

「俺のせいか?…お前が勝手に癇癪起こしたんだろうが。」

『…っ…私は…、特別だと思ってたから…!』

ムッとした、明らかに怒った表情を見せるアリアに驚いた。顔を上げてくれたのはいいが、ここまで怒ることだろうか。

(…ったく…分からねぇ……)

誕生日なんて、年に一回必ず訪れるものだ。というより、この年になって誕生日おめでとう、と言われても、特に嬉しくもない。年中行事のようにやって来て、去っていくのが自分にとっての誕生日だ。兵団に入って自分のプロフィールを書いた時に、まず最初にハンジが、そして生前のリヴァイ班が祝ってくれるようになったのが始まりだった。

それまでは誕生日なんて、正直覚えていただけ奇跡のような、どうでもいいものだった。

「別に、特別じゃねぇよ。」

「えっ……」

「…お前はそう思ってるかもしれねぇが…俺にとってはそうじゃねぇ。…お前も俺くらいの年になったら分かる。」

『…特別じゃ…ないんですか…?』

「ああ。ガキじゃねぇんだ、分かるだろう?…お前も。」

そう言った瞬間、何故か、一瞬空気が止まった気がした。それはアリアが息を呑んだせいか、それともアリアの青い瞳が、自分を真っ直ぐに見つめたせいか。ひどく驚いた顔をしている彼女の表情に、自分も驚いた。

(何だ…誕生日くらいで、こんな……)

みるみるうちにその表情は悲しいものに変わり、青い目には薄く涙が浮かんだように見えた。しかしその表情が見えたのも束の間、アリアは再び顔を伏せてしまった。

『…すみません、わかりました……』

「あ…?何で謝るんだ。」

『いえ…ちょっと、独りで…考えたいので…。』

独りにしてください、と言ったアリアの声は意外なくらいに冷静だった。さっき涙が見えたのは、見間違いだったのだろうか。そう思えるほどに冷静なアリアは、俺が部屋から出て行くと、ドアが閉まったタイミングで内側から鍵を掛けた。

女心はやはり、分からない。こんなあと数時間で終わる日に、どうしてこんなにこだわるのだろうか。

(それにしても最後…泣いてた…か?いや、見間違いか…?)

自室に向かいながら考えるが、答えが出るわけもなく。何度か首を捻って考えたが、これまでまともに女と付き合ったことが無い…というより、ここまで他人の気持ちを理解しようと努めたことがない自分に、分かるはずも無かった。



そして翌朝、いつものように兵服に着替えて廊下に出ると、ちょうど若い兵士達の集団と出会った。口々に朝の挨拶を述べてくる兵士に手を挙げて返す。そして朝の訓練に出るべく裏手の森に向かえば、いつものように新型立体機動装置を準備しているアリアの背中を見つけた。

(いた……。)

周囲を見れば、誰もいない。自分が一番乗りだったらしい。それなら都合が良い、とばかりにアリアに近付けば、彼女は俺の気配に気が付いた。新型が入っているケースを地面に置いて、ふと振り返る。

今日は髪を高い位置に括っている。
俺が二番目に好きな髪型だった。

『あ…リヴァイ兵士長、おはようございます!』

「ああ。」

(なんだ…普通じゃねぇか…)

まさに肩透かし。正直、どんな顔をするだろうと身構えていた自分が恥ずかしく思えるほど、アリアはいつも通りに微笑んだ。そしてズラリと地面に並んでいる新型立体機動装置の中から、俺の物を一瞬で見抜き、そのケースを持って近付いてくる。

これだけたくさん、朝の訓練に参加する兵士の人数分置かれているケースの中から一瞬で選ぶとは…と、毎朝のことながら感心する。迷いの無いアリアの行動が、毎朝自分の心をくすぐって喜ばせる。そうすれば不思議とやる気に満ち溢れるのだから、もしかしたら自分は彼女の掌で転がされているのかもしれない、と錯覚する。

(…こういうのも、愛だと思うんだが。…違うのか?)

『今日も一番乗りですね。』

「違うだろ、毎朝一番乗りはお前だ。」

『あ、そう…ですね!』

はは、と笑ったアリアが自分の前に膝をつく。そしてケースを開けると、俺の前で新型の最終確認をする。これも毎朝のことで、ガスの充填、刃の装填、ワイヤーの傷の有無など、几帳面な彼女らしく一つ一つを点検していく。彼女の基準で合格した物を、俺に審査させるのだから面白い。この兵舎で一番の技術力を持つアリアが点検したのならば、誰も文句は言わないのに。

かと言って、自分も確認するのは当然。自分の命を預ける物を点検するのも自己責任。それはどの兵士も同じだった。

「…完璧だ。装着する。」

『はいっ!』

当然のようにベルトを差し出してきたアリアに、応えるようにして受け取り、新型を装着する。
すると続々と兵士達がやって来て、アリアは自分の足下からいなくなってしまった。これも、毎朝のこと。特別なことなど何も無い。

「アリア、おはよう!今日も早いね…すごいや…。」

『ううん、私はみんなみたいに訓練してないし…。』

「でも、俺達が訓練し終わった後から整備してんだろ?毎朝当たり前みたいに思ってたけど…やっぱスゲェよ、お前。」

『ありがとうコニー…あの、ベルト…逆だよ…?』

「目が覚めてないんですね、コニー。私なんてもうバッチリですよ!」

『サシャ!トリガーが左右逆だよ!どうやったらそうなるの?!』

賑やかな笑い声の中で、アリアも笑っている。そんな光景を少し離れた所で見ながら、ほっとした。どうやら何か切り替えたようだ。あんな風に笑っているアリアを見れば、昨日のことは何だったんだ、と蒸し返すのも野暮だと思えてくる。

「リーヴァイ!おはよう!仲直りしたの?」

「…別に、喧嘩してねぇよ。」

ひらひらと現れたメガネが、間髪入れずにその話題に土足で踏み込んできた。コイツはどうしてこう、物事の核心部に躊躇いなく飛び込んでくるのだろう。するとハンジがアリアを見て、目を細めて首を傾げた。

「そうなの?ふぅん……」

「…何だ、その不服そうな顔は。」

「いや?別に、いつもの顔さ。」

「もっと話がこじれて欲しかった、って書いてあるが…?」

そう言えば、ハンジは心外だ、と目を丸くしてこちらを見た。胡散臭い表情を思わず睨むが、ハンジはまるで聖母のように曇り無き微笑みを向けてくる。余計に胡散臭い。そんな奴が、微笑みを崩さずに俺の肩をポンと叩く。

「何言ってるんだよ…リヴァイ。そんな事思う訳ないだろう?リヴァイとアリアの仲を、ずっとずっと大切に見守って来たのは誰だい?紛れもなく、この私だよね?……仲直りしたならヤっちゃえば良かったのに、って思っただけさ。」

「て…テメェは性懲りも無く朝から晩までその手の話を……!!」

「総員、整列!リヴァイ、ハンジ、いつまで話してるんだ、こっちに来い。」

「ほーいっと!」

「チッ……!」

エルヴィンの召集命令に駆け出せば、いつもの風景が待っていた。調査兵団の兵士が整列し、その前にエルヴィンが立っている。自分とハンジがエルヴィン側に立って兵士を見、兵士はエルヴィンの声を聞く。

ふと、いつもその後ろに立っているアリアに目を向けた。この瞬間はいつも彼女は自分を見ていて、視線から『がんばってください!』と念を送ってくる。その視線に応えるように頷けば、彼女は嬉しそうに微笑むのだ。その笑顔を見れば無償に力が湧いて、どんな疲れも吹き飛んでいく。

この瞬間が、たまらなく好きだった。

(…って……いねぇ……)

視線を向けても、そこには彼女は立っていなかった。どこに居るんだ、と顔を動かさない範囲で目を左右に動かしてアリアを探す。

「…では、本日の組分けを言う。奇数で呼ばれた者はリヴァイの前に整列し、偶数で呼ばれた者はハンジの前に整列せよ。」

「はっ!」

「一番、エレン・イェーガー!二番、ジャン・キルシュタイン!三番…」

続々と自分の前に整列していく兵士たちの隙間からアリアを探しても、見当たらない。するとそんな自分に気付いたのか、隣に立っていた眼鏡が自分を肘で小突いた。

「…ねぇリヴァイ、アリアは?」

「…知らねぇ。」

「ふぅん……いつもあそこに立ってるのにね。」

「……」

「…ねぇ、本当に仲直りしたんだよね?」

「……さっき話した時は…いつも通りだった。」

「…ふぅん…。」

深く踏み込んで来なかったハンジを横目で見れば、奴はいつもの奇行種の顔では無く、上官として若い兵士に視線を向けていた。毎朝訓練しているとはいえ、未だ新型を実戦で扱ったことが無い兵士がいるのは事実。長距離を走ったり、トレーニングをしたりしていた早朝訓練を、全兵士が新型を扱う時間に変えたのはまだ数ヶ月前の話だった。

(確かに…他のことを考えてる場合じゃねぇな…)

新緑の森を駆け抜けながら、新しい硬質スチールを使って巨人に見立てた動く人形の首を削ぐ。この新型の爆発力に腰を持って行かれている兵士もいるが、大半の者が必死で扱えるようになっていった。

そうして一時間半の訓練を終えて戻ってくると、やはりアイツは地面に並べられたケースの前に立って、兵士と新型立体機動装置の帰りを待ってくれていた。

「はぁ…腰がイテェ…アリア、これ頼む…。」
「アリア、悪ィな!スチールの刃、折っちまった…!」

口々に話をしながらアリアを囲む若い兵士達に、おかえりなさい、と言って立体機動装置を受け取り、ケースに詰めていく。その表情は笑顔で、いつもと何ら変わらない姿だった。そこでふと違和感を感じて、アリアを見る。

(……忘れてる…だけか…?)

いつも、自分が立体機動装置のケースを開けたら、まるで犬ころのように駆け寄って来ていた。そして笑って、お疲れさまでした、どうでしたか、と嬉しそうに話しかけてくるのだ。
それなのに今、ケースを開けて立体機動装置を仕舞っても、寄ってくる気配が無い。

(…まぁ…忙しそうなのは…見りゃ分かるが……)

コニーの刃を変えているからか。それとも、ジャンの腰痛の叫びを聞きながら、立体機動装置を仕舞っているからか。エレンのベルトを外してやっているからか、それともアルミンが今日も嬉しそうに訓練の報告をしているからか。数分待っても、こちらに寄ってくる気配は無い。

そこで、アリアを待っている自分に気付いてハッとする。

(…後で自分の部屋に呼べばいいだけの事だろうが…クソ…!)

何を待ち惚けていたのか。馬鹿な自分に嫌気がさして、倉庫に立体機動装置のケースを運び、そのままいつものように食堂に向かう。そうだ、ここだ。ここでいつもなら後ろから駆け寄って来て、朝食を一緒に、と言って笑うのだ。

「……」

「待ってても来ないよ、きっと。」

「ま…待ってねぇ…!」

「…こりゃ…重症だよ…。」

「あ…?」

ハンジが離れたところでケースを運んでいるアリアを見て、溜息を吐く。

「…リヴァイ…。今回は私にできること、無さそうだよ。」

そう言って、ハンジは食堂に向かって歩いて行った。確かに何度かアリアとの仲がこじれそうになった時にアイツが動いてくれたことはあったが…今回は、というのはどういう意味だろうか。
アリアに視線を向ければ、若い兵士達に手伝ってもらっているのが見えた。

表情は、いつもと変わらない。
髪型も、俺が二番目に好きなもの。



なのに何故か……何かが違う。






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