人類最強の兵長と。

□Another side story3
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「……こうなる事は、大方予想できていた。」
ポツリと呟いたエルヴィンに、ハンジとリヴァイは視線を向けた。はっきりした声とは裏腹に、エルヴィンは決して他の兵士たちの前では見せないであろう、悲しそうな顔をして握りしめた両手を見つめていた。
「確かに…調査兵団の中に共犯者がいたんだ、中央審議会の動きとしては当然だね。」
「ああ。レスポートの動きの早さには驚いたが、主君を守るためだ。奴らも必死でアリアを守りに来たんだ。おそらく今後は、中央審議会の人間がいる場だけ、アリアと接触できるようになるだろう。」
大きく息を吐き出したエルヴィンが、天井を見上げた。重い空気が、寝不足の頭を締め付ける。酸素を求めて呼吸すれば、口から出たのは大きな溜息だった。
「……アリアの…送別会でも開くか。」
「いいね、それ。じゃあ急がないと。あいつら、きっとアリアを今日中に連れて行く気だろう?食堂で酒も肉もパーっと振る舞おうよ。はは。」
乾いた笑みを浮かべたハンジもまた、天井を見上げた。その会話を耳にしながら、黙っている男が一人。どこか一点を見つめている彼は、一切会話に加わる事なく、静かに座っていた。腕を組み、その静かな瞳は微かに曇り、光を灯さない。しかしそんな彼も、まるで一本ネジが飛んだような会話を続ける旧友に、口を開いた。
「……いいのか、それで。」
「良いも何も。調査兵団からリヴァイが抜けるという選択肢が存在しないんだよ。」
「同感だ、ハンジ。リヴァイ無くして、人類の勝利は有り得ない。アリアには悪いが…きっと理解するに違いない。」
そう言い切ったエルヴィンに対して、リヴァイは次の言葉を出すことができなかった。


太陽が空の真ん中に上り、きらきらと光を発する昼間。その天気とは裏腹に、医務室では男数人に囲まれたアリアが静かに涙を流していた。
レスポートを始め、黒いスーツを着ている男たちと、エルヴィンに囲まれているアリア。団長からの話を聞いて、彼女は驚くと同時に理解した。その選択肢しかないのだ、とエルヴィンの顔にも書いてある。
「……では、辛いかもしれませんがすぐに身支度をします。アリア様、入室許可を。」
『えっ…今日ですか…?』
「はい。あなたの傷も、ここではなくシーナの中の大きな病院に行く方が綺麗に早く治るに違いありません。馬車は手配済みです。」
『そう…ですか。』
肩を落としたアリアを見て、エルヴィンは目を閉じた。怖い思いをさせただけでなく、こうして安心できる場さえも奪ってしまった。物分かりの良いアリアだからこそ反論もせず、ありのままの決断を受け入れている。

リヴァイと自分、どちらが調査兵団に必要なのかは、彼女自身が一番よく分かっていた。

「……送別会をしてはどうか、という意見がある。アリア、お前さえ良ければ兵士達に別れを告げてやってくれないか?」
『あ…はい……。』
「もちろん、嫌なら良いんだ。無理はしなくていい。」
『いえ…言わせてください。お別れするなら、ちゃんと顔を見て話したいから…。』
落ち着いてそう言った彼女の顔を見て、エルヴィンは目を見開いた。悲しむばかりだと思っていた。泣いて、駄々をこねて残りたいと言われたら、どうすればいいのだろうと考えていた。しかし、どうだろう。目の前の彼女は悲しそうに笑っている。
彼女は自分たちが思っているよりも、リヴァイが調査兵団にいる意味を、価値を、重さを、分かっている。
「…では、アリア様。今日の夜、出発しましょう。送別会は、我々も同行します。」
『レスポートさん達も来るんですか?』
「何が起こるか分かりませんから。ご心配なく。無粋なことは致しません。目立たないように隅にいますよ。」
『どこに居ても目立つと思いますが…。』
「おや、そうでしたか。では、致し方ありません。」
黒目をぱちぱちと瞬きさせて、レスポートは頭を掻いた。エルヴィンはその会話の中でも、表情を晴らすことができなかった。


……リヴァイとアリア、どちらかを調査兵団に残せと言われたら、答えは一つに決まっている。そんな事は、考えなくても分かる。リヴァイは調査兵団にとって、唯一無二の存在。彼を無くしては、調査兵団の強さは半減、もしくはそれ以下となってしまう。それは分かっている。リヴァイを選ぶことが間違っているとは、思わない。

だが、どうして。

どうしてこんなにも、悔いた気持ちで俺は立っているのだろう。

後悔は先の判断を鈍らせる。そう言って、心が折れかけていたリヴァイに冷たい視線を向けたのは誰だったか。駄目だと分かっていても、理性とはまた違うところでこの感情は生まれている。どうしても、アリアには傍にいてほしかった。そう溢れそうになる本音をぐっと呑み込んで、エルヴィンは皆が待つ会議室に足を向けた。

空を仰いで、目を閉じる。

ここまで大切に思った相手は、生まれて初めてだった。だが、諦めなければならない。手を握りしめ、歯を食いしばり、静かに脳を精神で支配していく。こうやって自分の情緒を安定させることは、もう慣れているのだから。そう言い聞かせて、エルヴィンは息を吐いた。
会議室のドアを開けて、中に入れば多くの若い兵士が敬礼する。兵士たちの前に立ったエルヴィンはもう、一人の男ではなく、団長の顔をしていた。

そんな彼を柱の陰から見ていたリヴァイ。

彼のアリアへの気持ちは知っていた。

自分のせいで、彼はアリアと離れることになった。

そう思えば思うほどに、彼は自身の想いを心の奥底に沈み込ませる。心身ともに強靭な精神力でコントロールできる彼にとっては、これほど簡単な作業は無かった。




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