人類最強の兵長と。

□Another side story4
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「おはよう!おはよう朝!おはよう太陽!おはよう愛しのアリアァァア!」

『ひぃ!お、おはようございますハンジさん!』

ガバァ、と抱きついたハンジにビクビクと体を揺らしながらアリアは挨拶を返した。一方アリアに抱きついたままのハンジはアリアの頭に頬ずりして、くんくんと匂いを嗅いでいる。その姿を見れば「変態がいる」と判断するに一秒も要らないだろう。早朝の訓練をするべく森の前に出てきた兵士たちは、ここ最近毎日見るようになった光景を微笑ましく見守っていた。

アリアが調査兵団に帰ってきてからというもの、ハンジはこうして毎日激すぎるスキンシップでアリアに愛を伝えている。アリアはというと、その過激な愛情表現に若干怯えながらも、それを嬉しく思っているのだった。

そして、こうやって馬鹿なことをしていると毎朝来るのだ。

「……離れろ変態眼鏡。」

不機嫌そうに眉間にシワを寄せたリヴァイが、渾身の力を込めてハンジの頭を掴み、アリアから引き剥がす。しかしハンジはそれをどうやってかニュルリと避けて、アリアにまたもべったりくっ付くものだから、リヴァイが人類最強の蹴りをハンジの尻にお見舞いする。

「ふははは!今日も朝からジェラシー全開だねリヴァイ!元気元気!」

「テメェは朝から変態全開だな…」

『お…おはようございます、リヴァイ兵士長。』

「ああ。お前ももっと嫌がれ。あの変態を自分でどうにかできるようになれ。」

『あ…でも、嫌じゃないから…』

「聞いた?!今の聞いたリヴァイ!嫌じゃないんだってさ!じゃあアリア、今日は一緒にお風呂に入ろうか!背中流してあげるからさ、むふふふふっ!!」

『あ、ありがとうござ』

「コラ。礼言ってんじゃねぇ。断れ馬鹿野郎。」

『あ…え…痛っ!』

アリアの頭を小突いたリヴァイが、自分の新型立体機動装置を探す。百近い数の新型のケースが並ぶ中、自分の物を探すのはなかなか難しい。同じ大きさ、同じ形のケースがズラリと並んでいる中を見渡しながら歩けば、それに気付いたアリアがひとつのケースに駆け寄る。そしてここですよ、と顔を上げて手を振るものだから、リヴァイは目を丸くする。

「うわぁ、よく分かったねアリア…。これだけの数の中から今、一発でリヴァイの見つけたよ…。」

「…犬コロみてぇだな。」

『い、犬ですか?!もう、こんなの普通ですよ!毎日全部点検してるんですから…ほら、ハンジさんのはこっちです!エルヴィン団長のは、そっちの右端。』

主人の探し物を見つけて胸を張る子犬のように、アリアが誇らしげにケースを持ち上げる。尻尾を振ってきゃんきゃんと吠えている子犬のように見える彼女に、リヴァイやハンジだけでなく他の兵士達もくすりと笑う。微笑ましいその光景に、男の兵士達は自分の新型立体機動装置も探してもらえないだろうか、とアリアに近付く。…が、ゆらりと近付くリヴァイの視線に兵士達は凍り付いた。

「…テメェの物はテメェで見つけろ。訓練開始の時間までに探し出せ。」

こいつを使って良いのは俺だけだ、とリヴァイが威圧的に兵士を睨めば、兵士達は綺麗に並べられている新型をひとつひとつ必死に確認し、自分のものを探していく。

『あ、エレン…こっちだよ。ミカサは…これ。アルミン、その左側の。』

「ありがとう、アリア。もしかしてこれ…全部覚えてるの?」

『どうだろう…多分、全部覚えてるんじゃないかな…』

「じゃあ俺の探してみてくれねぇ?」

『いいよ、コニーのはね…こっち。』

たたっと走り出して、アリアが一つの新型のケースを持ち上げる。それを見ていたコニー達、同期メンバーはわいわいと盛り上がっていた。そんな集団を横目で見ながら、リヴァイは静かに自分の新型立体機動装置のケースを開けて、身に付け始めた。新品かと思うほどに磨かれたそれは、アリアの思いが込められているようだった。

「どうしたの、ぼんやりとして。」

「…いや。アイツら、俺は自分の物は自分で探せと言ったつもりだが?」

「いいじゃない、自分の物を一瞬で見つけてもらえるってすごく嬉しいことだし…キミも、アリアに見つけてもらってたよね?」

「……」

ハンジの言うことに不思議と素直に納得してしまったリヴァイは、新型を身に付け終わって空を見上げる。訓練の森の中、一際高い木の枝に停まっているのは一匹の大きな鷹。アリアを見守るようにして、こちらに鋭い視線を向けている。恐らくだが、アリアに何か危機が迫ればあの鷹は相手が兵士であっても突っ込んでくるだろう。そう思うほどに、あの鷹はアリアに懐いていた。

どのケースが誰のものなのか、一発で言い当ててしまうアリアのおかげで全兵士が新型立体機動装置を身につけるまでに五分もかからなかった。そして訓練が始まれば、兵士達の活気ある声と、立体機動装置の起動音が森の中に響き渡る。アリアは森の入り口に立って、飛び回る兵士たちを見守っていた。

『いいなぁ…』

気持ちよさそうに飛ぶリヴァイ、エルヴィン、ハンジを見て、アリアが不満をぽつりと漏らす。そして一つ、ぽつんと地面に残っている新型立体機動装置を見つめて、じわりじわりとそれに近づいて行く。

さりげなく置いておいた自分の新型立体機動装置。

調査兵団に帰って来てからまだ、一度も飛んでいない。それに内地にいたこの一年半の中で、一度も新型に触れられなかったのも事実。内地で対人訓練はしていたが、きっと今の自分が新型を扱えば、以前のようには飛べないだろうと思った。

(私も訓練しなきゃ…。きっと感覚が鈍ってる…。)

アリアが自分の新型のケースをゆっくりと開ける。

そして空を見上げると、待ってました、とばかりに鷹が羽根を広げて飛び上がった。



「コニー!ガスの使い過ぎだ…!ワイヤーももっと遠くに飛ばせる、旧型の感覚を忘れろ!」

「っは、はい!」

「アルミン、ジャン、俺の前を行け!俺に追い越されないように全速力で飛んでみろ!」

「はい!」「やってみます!」

森にリヴァイの声が飛ぶ。今朝の訓練の班分けでリヴァイの班になったアルミン、ジャン、コニーが戦いの最中のような緊迫感を持ちながら訓練に臨んでいる。相手はリヴァイ、一瞬の隙も許されない。

全てにおいて実戦形式。

全てにおいて手加減無し。




「う…うぅ……ヤベェ、吐きそうだ…俺…」
「汚ねぇなジャン…!あっち行けよ…!俺もう、こっから動けねぇ…」
「り…リヴァイ兵長の訓練って…本当、死にそうに…なるよね…」

訓練終了時間。リヴァイの班になった三人は、泥人形のように大木の幹に背中を預けて座り込んでいた。ガス切れまで飛ばされ、極限まで追い込まれた彼らは手脚を震わせ、きっと明日は全身が筋肉痛なんだろう、と悟っていた。

そんな彼らの上空を、金の閃光が駆け抜ける。

「…あ」

流れ星みたいだ、とアルミンが口を開いた。
風のように速く飛ぶ彼女の隣には、楽しそうに、嬉しそうに羽ばたく一匹の鷹。羽根を広げれば二メートル近いその大きな鳥を連れて飛び回るアリアを見て、三人は言葉を無くす。

あれが、日頃開発部に籠って仕事をしている人間の姿だろうか。新型立体機動装置をまるで自分の体の一部のように扱って、一瞬のうちに視界から消えてしまった。驚くべきはその速さ。自分達が先程まで死ぬ気で逃げていたリヴァイと同じくらい速いのでは、と目を疑うくらいのスピードで森の深部に向かっていった。

「…今の…アリア…?」
「まさか。…森の妖精だろ。」
「訓練の森にそんなのいたか…?」

「…?」

リヴァイは久し振りに地面に降りてきて、ふと周囲を見渡した。並べられた新型のケースには、どれも中身が入っていない。それは当然、まだ他の班の訓練が終わっていないからだった。しかしリヴァイは小さな異変に気付いた。誰もが訓練の班ごとにケースを並べているのだが、その中でひとつだけ、ぽつんと置かれたケースがあった。

それに近付いて、ハッと空を見上げる。

「アイツ…!」




『ーーーマリル、もう少し高く飛んでみよう!私を持ち上げてくれる?』

鷹に人間の言葉が分かるのか、と言われるとそれは分からない。けれど気持ちは通じる、と信じて疑わないアリアは、一番空に近い枝に向かってワイヤーを突き刺した。そして一気に加速し、空に向かって自分の身体を舞い上げる。その瞬間、羽根を広げた鷹が彼女の右腕を掴み、一際大きく羽ばたいた。

『うわぁ、すごいすごい!初めてなのに、上手だよマリル!いいよ、落として!』

一番青空に近い場所に辿り着いた瞬間、アリアは急速に落下する。重力に導かれるままに地面に向かう中、アリアの青い目が適切な木の幹を選び、それに向かってワイヤーを飛ばす。落ちていた身体は一気に飛び上がり、アリアの髪がその反動で太陽光に照らされる。すると隣にはいつの間にか鷹が飛んでいて、楽しそうに喉を鳴らすものだから、アリアは楽しくなって笑い声を上げた。

『この先の川に行こう!あそこなら、マリルの好きな魚もいっぱいいるから!』

ワイヤーに引き寄せられ、ガスを噴射して加速して、アリアは最高速度で駆け抜ける。一年半という空白の時間を感じさせない彼女の飛行技術は、少しも錆びついていなかった。それはきっと、彼女が幼い頃からこの立体機動装置を扱っていたからだろう。その事に一番納得したのは、紛れもなくアリア本人だった。

きらきらと光る川面を見ながら、アリアは川縁に腰かけた。マリルが得意げに魚を捕まえては啄むのを見て、これは魚を釣るよりもずっと効率がいいかもしれない、と腕を組む。

ほう、と息を吐いて、新緑の香りと川のせせらぎに身体を委ねる。目を閉じてゆっくりと寝転べば、緑の芝生が自分を受け入れてくれた。ふわふわと白い蝶々が飛んでいるのを目で追って、ぼんやりと空を見上げる。そよ風が緑の葉を揺らして、太陽光をきらきらっと輝かせた。

『綺麗な森……』

深呼吸すれば、調査兵団に帰ってきた実感がじわじわと湧き上がる。自然と笑顔になって、アリアは隣に佇んでいる鷹の毛並みをゆったりと撫でた。

その瞬間、遠くから立体機動の音が聴こえて身体を起こす。誰だろう、と不思議に思って振り返れば、あっという間にリヴァイが空から降りてきた。

『わ、リヴァイ兵士長…!』

「一人で勝手に動くんじゃねぇ。飛ぶなら最初から言え。」

『あ…すみません。兵士長たちが飛んでるの見たら、すごく羨ましくなっちゃって…。』

歩いてきたリヴァイに叱られるか、と一瞬身構えたアリアだったが、どうやらそうではないらしい。リヴァイは自分の隣に腰かけて、視線を川に向けた。その横顔を見て、アリアはハッと目を見開く。彼の首筋に光る汗。つまり、彼は訓練を終えてすぐに自分を探してくれたのだろう。そう思えば、本当に申し訳なくなって、アリアは心の中でしっかりと反省文を読み上げていた。

「…懐かしいな。」

『えっ…?』

「前にここにお前と来たのは、俺が新型を始めて扱った日だ。もう二年近く前になるのか…」

『あっ、そうでした!…あの時は兵士長に負けちゃったんですよね。…負けた方が、勝った方の言う事何でも聞くって言って…』

「俺、お前に命令したか?覚えてねぇんだが。」

『あの時は…色々あって結局…えっと…』

二人とも、腕を組んでうーん、と頭を捻る。リヴァイはふとそんなアリアの横顔を見て、口元が緩んでしまいそうになって視線を背けた。

隣にアリアがいるだけで、世界が輝いて見えるようだった。この川縁に一人で来たこともあったが、やはり隣に彼女が居れば、何もかもが特別に思えた。
こうして肩の力を抜いてアリアと並んで座って…川と、森と、空に包んでもらっている時間が、何よりも癒しだ、と感じた。

「わかった…今、命令する。」

『えっ!?今、ですか…?!』

ドキッと心臓を跳ねさせたアリアがリヴァイを見る。一体彼は何を自分に命令するのだろう、と身構えれば、リヴァイは自分の方を向いて一言、目を閉じろ、とだけ言った。

『…え…?目…?』

「聴こえなかったのか。目を閉じろ。命令だ。」

『…それだけですか…?』

幸運のような、残念なような、微妙な気持ちになりながら、アリアが言われた通りに目を閉じる。真っ暗になった視界の中で、ふと、体温の低い手が自分の頬に触れた。


その瞬間に、優しく押し当てられる唇。

思わずふるっと身体を震わせて目を開いたアリアだったが、目の前のリヴァイが目を閉じていたから、自分も、もう一度ゆっくりと目を閉ざした。顔がぼうっと熱くなるけれど、角度を変えて重ねられる唇に翻弄されてしまって、何もできなくて。

自分の頬に添えられていた手がするりと後頭部に当てられた。そして彼の指が自分の髪に絡んだ瞬間、鳥の羽音と甲高い鳴き声が響いた。

「ッ、このクソ鳥…!」

『わっ、こら、マリル…!兵士長、大丈夫ですか?!』

「…あの野郎、思い切り引っ掻きやがって…」

リヴァイの腕に残る二本の爪痕。薄くだが血が滲んでいるそれを見て、アリアがあわあわとポケットからハンカチを取り出した。先程までの熱が逃げないままに、顔を真っ赤にしたまま処置をしようとするものだから、ハンカチも上手く巻けなくて余計に焦る。

そんな目の前の彼女を見ながら、リヴァイはくつ、と笑った。

『ど…どうしたんですか…?』

「いや?…お前が目の前にいるのが不思議でな。」

『…?』

「いや、いい…。こっち来い。」

『あ…は、はい…』

優しく腕を引かれて、導かれるようにして彼の腕の中に収まった。こうして前にも、優しく抱きしめてもらったことはある。舞踏会の夜、彼が自分に会いに来てくれた…あの日。

どく、どく、と自分の心臓が脈打つのが、自分の耳にも聞こえてくる。恥ずかしいけれど嬉しくて、アリアは遠慮がちにリヴァイの背中に腕を回して、彼の胸板に頬を寄せた。

「……すげぇ音。お前のか。」

『はっ、はい…そう、だと思います…』

「これじゃ、心臓もたねぇぞ。」

『くっ、訓練、します…!』

そう言えば、またリヴァイはくつくつと笑う。
キスをしたり、抱きしめたりするだけで自分の心臓はこんなにもドキドキしてしまうのに、リヴァイには全く乱れを感じない。

これが大人の余裕なのか、とアリアは真っ赤な顔で納得していた。






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