人類最強の兵長と。

□I’m so into you.
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飲み過ぎた、と目が覚めたと同時に後悔した。

昨日の夜はいい酒だった。ハンジとエルヴィン、ミケにモブリットといういつものお馴染みの面子で酒屋に行けば、飛び切り美味い葡萄酒が入った、と店主が艶のいい肌で笑っていた。

年に数回ある調整日の前日は、こうして飲みに行くことがある。それは、アイツが調査兵団に戻って来てからも変わらないことだった。酒を飲みに行くよりも、アイツと夜を過ごす方が満たされるのは事実だが、こうして旧友と呼べる変人達と一緒に酒を飲むのも、それはそれで、格別な時間だった。

嫌か、と聞いたことがある。だがアイツは笑って、そういう付き合いは大切ですよ、と言って毎回送り出してくれる。なんて物分かりの良い奴だ、と思う反面、そんなにアッサリされると少し物足りないように感じてしまう自分。どこまでも、アイツのことになると我儘なのだ、と自分自身に呆れてしまう。

そろそろ早朝訓練の時間だ。アイツはもう、新型立体機動装置を並べて、準備をしているのだろう。さて、起きるか。少しだけ怠い身体を起こしてベッドから降りた瞬間、柔らかい物を踏んだ。

「痛ーっ!もう、何すんのよ!」

「…あ?」

「あ?じゃないわよ!人を無理矢理連れ込んでおいて…!」

赤毛の女が、全裸で立ち上がる。隠そうともしないその姿は、勇ましくも間抜けだ。ボサボサに逆立った髪も、余計にその姿の迫力を増している。というか…

「誰だ、お前。」

「は…はぁ!?誰だって、ふざけんじゃないわよ!アンタが無理矢理私を連れ込んだんでしょうが!」

……記憶に無い。そんなことはあり得ない。目の前で激怒している女から強い酒の匂いがするが、昨日の酒場に居たのだろうか。

「連れ込んだ?…馬鹿げたことを言うな。床を汚してくれたことは大目に見てやる、さっさと服着て出て行け。」

「き…昨日の夜のこと覚えてないの?!もう、本当、最悪!まったく…一晩中付き合ってやったんだから、感謝くらいしなさいよ!」

「は…?」

なんなんだこの女は。誰だ。なぜ服を着ていないんだ。

そして何だ、その一晩中、ってのは。

よく見ると自分が寝ていたベッドの上には女の物と思われる衣服が脱ぎ捨ててあった。身に付ける意味の無さそうな細い下着も、派手なヒールも、床に落ちている。

その瞬間、ドアをノックする音が部屋に響いた。女も俺も、そちらを見る。ドアは内側から鍵が掛かっていて、勝手に開けることはできない。が、しかし。この状況は、誰に見られても面倒だ。

「お前、そこに入ってろ。」

「はぁ!?なんだい、クローゼット?!」

「いいか、俺がいいと言うまで動くな。息もするな。」

「もう、滅茶苦茶じゃない!なんなのよ!」

「おーい、リヴァイ。起きてるかーい?」

のんびりした声が、ドアの向こうからこちらに届く。女の頭を押し込んでクローゼットの扉を閉め、出られないようにソファーを置きながら、声の主であろうハンジに向かって返事をする。

「なーんだ、起きてるんだ。昨日えらく酒を飲んでたからさ、大丈夫かなって思って。」

「問題ない。先に訓練に行ってろ。すぐに行く。」

「せっかく誘いに来たんだ、一緒に行こうよ。それとも、部屋の中に見られてはいけないものでもあるのかい?」

こういう時のコイツの勘の鋭さには、時々感服させられる。どうして分かった、なんてことは言わないが、ドアの前で意気揚々と何か喋り続けているヤツは昨日俺と一緒に酒場に居たはず。ならば、この女のことは何か知っているかもしれない。

クローゼットから、何かが落ちる音がした。あの女、動くなと言ったのに。まぁいい、ハンジに聞けば何か分かるかもしれない。

「おい、出ろ。」

「もう、動くなって言ったり出ろって言ったり…!」

「減らず口を叩くな。来い。」

「なーに、誰かいるの?」

「ああ。ハンジ、コイツが誰か分か……」

ドアノブを握り、回した瞬間にふと見えた金色の髪。瞬間的にドアを開ける手を止めた。ハンジの隣に立っているのは、アリアだ。間違いない。先程まで通常運転だった心臓が一気に血液を送り出した。耳まで聞こえそうになるほど心拍数が上がり、ドアノブを持つ手に力が入る。コイツにだけは知られてはいけない、と脳が警鐘を鳴らしている。

「…何だ…お前も来てたのか、アリア。」

『あ、はい!おはようございます、リヴァイ兵士長。…あの、ドア開けないんですか?』

「なーにを止まってるのさ、リヴァイ。せっかくアリアも連れて来たんだ、さっさと行こうよ。」

「先に行け。俺はまだ」

「ハンジさん!ちょっと聞いてくださいよこの男、信じられないですよ?!」

言葉の勢いと共に飛び出した裸の女が、ハンジとアリアの前に立つ。ハンジは目を丸くして、アリアは目を点にして、その人物を見る。どう見ても丸裸なその女性。纏っているのは酒の匂いくらいだ。

「ば…バルバラ!?あ、アリア、この子はバルバラって言って私達の行きつけの酒場のマスターの娘で……ってどうしたの、こんなところで…え、どういうことなの、リヴァイ?」

「知らねぇ。この訳の分からない女がさっきから…」

「ハンジさん、この男最低ですよ!一晩中付き合ってやったのに、この態度!訳が分からないのはこっちのセリフよ!ありがとうございました、の一言くらい無いわけ?!」

二日酔いなど感じさせない女の元気な声が、アリアの表情をピシリと固める。

「一晩中、って……バルバラ、ちょっと落ち着いて。とにかく私達はこれから訓練に行くんだけど…えっと、率直に聞くけどお金が発生している事案かい?」

「いえいえ、お金なんていらないですけど…あ、アリアってこの子?もう、アンタねぇ…!」

凍っていたアリアがビクッと体を揺らす。まさかここで自分に怒りの矛先が向くとは思っていなかった彼女は、言葉を発せないままに女を見る。まさかアリアに話しかけるとは、とリヴァイとハンジも驚き焦る。

「アンタがさっさとヤラセないからこういう事になるのよ?どういう理由で貞操守ってんのか知らないけどさ、もういい感じの年なんだし、そろそろ許してあげたら?」

「う、うわー!バルバラ大変だ、私達は今から新型立体機動装置を使ったそれはもう過酷な訓練があってね!ホント、申し訳ないけど今日の所は家に帰ってもらえないかなぁ?!今度酒場に行ったら必ずボトル入れるからさ!三本!」

「三本も?!いいんですかハンジさん!まいどありー!じゃ、私は帰りますね。ちょっと退いてよ、服集めなきゃ。」

大きく開いたドアを、裸の女が堂々と通っていく。ボトル三本で話が着いた、とホッと息を吐くハンジに対して、リヴァイは息もおろそかにアリアの表情を盗み見る。怒っているのかもしれない、それとも、自分を軽蔑しているのかもしれない。しかし横目で捕らえた彼女の表情は、惜しくも垂れた髪が隠してしまっていた。

「ハンジさん、約束ですからね!団長達にもよろしくお伝えくださーい!」

「服着るの早いな!エルヴィンにも伝えておくよ、気をつけて帰るんだよ、バルバラ。」

意気揚々と帰っていく赤毛の背を見送り、ハンジが大きく長い溜息を吐き出す。やっと嵐が去ったか、と額の汗を拭う仕草をして振り返れば、背後からは凍りつきそうなほど冷たい空気が流れ始めていた。その発生源は、アリアだ。

口を閉ざしたまま、一点をジッと見つめて動かない彼女は、日頃のにこやかな笑顔など想像できなほどに冷たい表情をしていた。するとその青く冷たい目が、するりとリヴァイに向けられた。

『…訓練が控えていますので、急ぎましょう。』

淡々とした声に、リヴァイは一瞬背筋を凍らせる。が、しかし彼には身に覚えのない事。酒を飲んだ事は覚えているし、確かに飲みすぎたかもしれないけれど、自分がアリア以外の女を連れ込んで事に及ぶなど有り得ないから、と胸に溜まっていた重い空気を短く吐き出した。

「なんだ、疑ってるのか。」

『…いいえ、疑ってません。この目で見たことが事実だと思ってます。』

ぴり、とした空気を含んだ物言いに、リヴァイの眉間にシワがよる。それを察知したハンジがアリアとリヴァイの表情を交互に見れば、二人とも一触即発の空気を纏っていた。

「俺の事を信じられない、ってことか。」

『信じるも何も…目の前の事が事実です。リヴァイ兵士長の部屋から裸の女性が出てきた…そしてベッドの上にも下にもあの女性の衣服が落ちていた、それが事実です。』

「あ?さっきから…何が言いたいんだ、お前。」

「…あ…あのさ、二人とも…ちょっと落ち着いて…」

暗雲立ち込める二人の間に何とかして光を挿そうとするハンジだが、それも叶わず。訓練場から兵士たちの集まる声がすれば、二人共目も合わさずに訓練場に向かって歩き出してしまった。話途中に途切れた会話は、これ以上続く事もなく空気に混ざって消えてしまう。心配そうなハンジが二人の背中を見て、溜息を吐く。自分だって状況を呑み込めている訳ではないが、どうにかしないと、と頭をフル回転させる。

しかしそんなハンジも、やはり訓練場に到着すれば一人の分隊長としての面構えに切り替わる。訓練とはいえ、自分の部下に怪我をさせる訳にはいかない。それに、訓練中にそれ以外のことを考える余裕はひとつも無かったのが事実だ。

そんな中、アリアはリヴァイの足下に跪き、いつものように新型立体機動装置の支度を手伝っていた。周囲の兵士が見れば、いつもの光景だ、と口を揃えて言うだろう。当人達の表情は何らいつもと変わりない。淡々と作業確認をして、それが終わればリヴァイが兵士を連れて飛び立つ、たったそれだけのこと。

『…一昨日聞いていたワイヤーの破損の件ですが、その部分だけを取り除くことが不可能だったので、新品を巻き直しました。確認をお願いします。』

「…分かった。」

『ベルトも磨耗していて…特に関節部分は不具合が起きそうだったので新調しました。最初は少し硬く感じるかもしれませんが、時期馴染むと思います。』

「分かった、問題ない。」

『では、失礼します。』

二言、三言だけ交わして、アリアはリヴァイの元を離れた。リヴァイは握ったトリガーを見るふりをしながら、自分の脚に装着した新品のベルトや、腰に在る新型立体機動装置を再確認する。自分が要求したことを全て叶えてくれた彼女に、いつもなら礼のひとつ言えただろう。

だが、あまりに淡々と、目も合わさずに行われる確認作業のせいで、礼を言おうとする気持ちさえも消されてしまった。

怪我しないでくださいね。
地上で待っていますから。
何か不具合があれば、何でも言ってくださいね。

いつもの彼女なら、こう言って飛び立つ自分を離れて見守っていてくれるのだ。

「 …チッ…」

訓練が今まさに始まろうとしている時に、別のことを考えていた自分に対して舌打ちが漏れた。今、考えるべきはそれじゃない。訓練に集中しろ、と自分に言い聞かせて目を閉じる。 朝から訳の分からないことに巻き込まれているが、部下には何も関係ない話だ。

「リヴァイ兵長、準備できました!」
「俺もです!よろしくお願いします!」

この日を楽しみにしていた、と顔に書いてある若い兵士たちが声を上げる。リヴァイはゆっくりと目を開けて、短く息を吐く。


その瞬間に、彼は兵士長に切り替わっていた。





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