どマイナー夢

□泣かないで、美しい人
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「わたしは、…同性愛者なんです」


私が何の脈絡も無くポツリと落とした声に沫咲さんは僅かに睫毛をふるわせて、数秒おいてから、そうですか、とだけ答えた。
その声の温度はいつもと変わらず柔らかく、軽蔑も嘲りも好奇心も伺わせなかった。
今はめっきり少なくなった縁側のついた日本家屋。庭を一望できるその縁側でふたり、静かな時を過ごす。
庭に咲き誇る花が、木が、風で揺れる音を聞く。
と、沫咲さんが小さく息を吸って、息を吐いた。そしてわたしの方を見ずに、わたしと同じようにポツリと声を落とした。


「私は…祖父を愛していました」


凛とした声は胸に突き刺さる。甘い香りさえ感じられそうな、気持ちの籠った言葉たち。
沫咲さんの想いが未だに彼女の中で血を通わせ、生きていることを強く示している。


「養父母と事故で死に別れた後、彼らの親である養祖父母が私の面倒を見てくれていました。
 祖父は知識の泉と言っていいほどの知識人で、常識も礼儀も分別もある人でした。本に囲まれて、生きている人でした。
 人の話しや意見をはねのけることはせず、けれども自分の意志を曲げることのない、卓越した人でした。
 祖父のようになりたいと思っていたはずなのに…いつの間にかそれは恋心になっていました」


彼女の瞳が、キラリと輝く。
涙がきらめいているのだろうか、ひどく美しい。…美しすぎて恐いほどに、美しい瞳。
その瞳は、いやーーー声も感情も身体も心も、すべてが"愛する祖父"に捧げられているのだろう。
彼女の世界には、愛する祖父しか存在しないのだ。


「祖父は私の気持ちに気づいていました。…けれど祖父は死ぬまで私の祖父で居続けてくれました。
 血のつながりの有る無しなど関係ない。口には出しませんでしたが、私を本当の孫として愛してくれました。
 私が一番望んでいるものを知っておきながら、"祖父"として"孫"を愛してくれたのです。
 …私が甘い熱を持った手で触れようとした時は理由を付けて席を外してくれました。
 家族としての外出やおねだりでさえ、自分への下心が感じられた時は、また今度にしよう、と微笑んでくれました」
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