□歌姫
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余韻は甘い音色を落とし、ゆっくりと消えていった。
歌いきった棗は達成感に小さく息をして。
だが、終わったというのに拍手がいつまでも鳴り始めない。
おかしかったところはひとつもないはずだ。
音を外してもいないし、ネックだった高音も歌い上げることができた。
ハーモニーは人数の少なさから重厚さには欠けていたかも知れないが、練習を重ねて繊細さを作り上げた。

ーーーな、んで…?

棗は震えそうになる足をどうにか踏ん張って、そこに立ち続けた。
不安に心が押しつぶされそうになった時、乾いた音が響いた。
それは、銀髪の彼の手から鳴る音だった。

ーーー拍手…、なの?

銀髪の男は立ち上がり拍手を続ける。
それに習うように、彼の周りがやっと拍手を始めた。
惚けるような表情を見せていた人たちがひとり、またひとりと拍手の波を生み出していく。
10秒も数えないうちに、立ち上がった人たちから送られる拍手は渦となりホール全体を包み込んだ。
棗はその渦に飲み込まれ、涙を浮かべていた。
指揮者の礼に慌てて自分も頭を下げると、こみ上がっていた涙が一粒舞台に吸い込まれていった。
ライトを浴びて光る涙にまた嬉しくなって涙がこみ上げる。
彼女は隣の友人から声をかけられるまでその拍手と歓喜に酔い、舞台を降りられずにいた。


***
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