映画/flat夢
□誘われてみれば、桃源郷
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「棗嬢ーっ」
ノックの後に続いたのは脳天気な佐藤の声だった。
鈴木と佐藤は棗の返事があったとしてもドアを開けない。
それは同年代の女性の部屋を覗くわけには、という理由があるらしい。
(そんな小さな気遣いが出来るふたりが、なぜ平介の友人なのか未だに棗には理解できない)
「パンケーキ、どう?」
「…行きます」
正直よくわからないお誘いではあったが、平介が作ったのだろうと言うことは予想が付いている。
棗は読んでいた本にしおりを挟むと部屋を後にした。
***
平介の部屋には顔よりも大きなパンケーキが3皿と、パッケージになりそうな綺麗な形のパンケーキが2皿並べてあった。
ホクホクと湯気の上がるそれは大層美味しそうで、棗は僅かに瞳を緩めた。
その緩めた瞳は嬉しそうで、3人も嬉しそうに笑う。
棗用のパンケーキには彼女が好きなジャムとクロテッドクリームが添えられている。
「ありがとう、平介」
柔らかな声で平介の名前を呼ぶ棗。
コンビニのお菓子よりも、有名な店のケーキよりも、平介のお菓子を好んでいる彼女だ。
のけ者にせず、パンケーキを作ってくれたことが本当に嬉しかったようだ。
「でも、お茶がないですね」
「平介、茶」
けれど席に着いた途端、棗は辛辣に切って捨てた。
それと被るように鈴木も同じ内容を、平介を見ずに言う。
言われた平介は半泣きになりながらも、その部屋をあとにした。
「美味し、」
棗のキラキラと輝いた声は可愛らしく、鈴木と佐藤は表情を緩めた。
誘われてみれば、桃源郷
>ただのパンケーキがどうしてこんなに美味しいんですかね…。