どマイナー夢

□今でも覚えてる
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大川の部屋は相変わらずごちゃごちゃと汚かったが、目的地にこちらの方が近いことを知っていた熊田はアポもなしにここを訪ねた。
驚きながらも熊田をあっさりと部屋に通した大川はテレビを見ていたらしい。
テレビの上にあるウィッグと目があって僅かにぎょっとしたが、大川には気づかれなかったらしい。


「どうしたんですか?いきなり」

「おー…。お前、明日ヒマか?」

「ヒマですけど…休みだし」

「ならちょっと付き合え。少しだけ遠出することになるけど」

「…?はい」


少しだけ寂しそうな目をした熊田に、大川は目聡く気がついて彼の手を取った。
ぐい、と手を引くと熊田はなんでもないようにどうしたよ、と笑う。
けれどその笑いがあの"花"を歌っているときの" 悲鳴 "のようで。
クマダさん、と呼んでも彼の瞳の奥は悲しさに閉ざされている。
大川は手を掴んでいるはずの熊田がいなくなってしまいそうで怖くなり、ぎゅうっと強く抱きしめる。
熊田はなんだよ、と口先だけで笑いながら甘んじて大川のぬくもりに抱かれている。
初めて熊田の本質がわからなくなりそうになり、大川はできる限りの力で一晩中彼を抱きしめていた。


熊田に起こされ、大川は目を覚ました。
熊田が着ているのは初めて高座に上がった時に着ていたという着物。
落語を語る以外の時に見ないその格好に見とれていると、早く起きろよ、と優しく声をかけられた。
その声の淡さに大川は首をかしげ、クマダさん、と彼の名前を呼ぶ。
ん?と振り返る彼はいつもと同じように見えたが、いつもとはなにかが違っていた。
着替えも食事もなぜか無言で済ませ、出かける準備を済ませると大川は妙な居心地の悪さを引き連れたまま熊田の後に続いた。
熊田は着物を着ているせいか人目を集めていた。
だが何の反応もなく、纏う雰囲気は少し息苦しい。
ほとんど無言のまま、電車とバスを乗り継いだ先にあったのは、海の見える高台の墓地だった。
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