アイシールド21夢

□背負う覚悟
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棗の病院通いが始まって数ヶ月が経った。
声は出ないままだが部活仲間にも恵まれ、棗は楽しくて充実した日々を過ごしていた。
その日も病院でいつもと同じような検査を受け、声が出ないことが確認された。
すると、医者が一冊の本を勧めてきた。
彼がその本を勧めたのは他ならぬ棗のためなのだが、それは棗を苦しめることになった。
棗が診察代を払いに行くと、看護師が慌てたように体調が悪いのかと聞いてきた。
それを否定すると、暗い顔をした理由を問われる。
素直に話しづらく口ごもると、気分転換にと近くのカフェを紹介してくれた。
棗に笑顔を取り戻して貰おうと必死にカフェを勧める看護師に棗は頷くと、どうにか口元だけで笑って病院を後にした。

カフェにはテラス席と店内席があった。
今日のように太陽の眩しい日は上手に陽の光を取り入れている。
店員も落ち着いた雰囲気でくつろげる空間だった。
お好きな方へどうぞと店員に言われた棗は天気の良さからテラスに席をとった。
メニューも軽食からデザート、ドリンクと充実している。
その中からオススメのケーキと紅茶を頼むと、棗は静かなテラスで悲しそうに目を伏せた。

”一生声が出ないことを考えて、少し手話を勉強してみてはどうでしょうか?”

医者はカルテを見ながらそう言った。
優しい声色だったが、棗にとってその言葉は息が止まりそうなほど怖いものだった。
アメリカでも日本でも声が出なくなった理由は分からないままだった。
頭をぶつけたわけでもない。
心に障害を抱えているわけでもない。
ただ、突然声が出なくなってしまった。
原因不明のため、治る可能性があるかどうかもわからない、というのが現実だという。

ーーー声が、もう二度と出なかったら…っ

考えただけで胸が痛む。
締め付けられるような痛みは悲しさと辛さから来ているのだろう。
一生、誰かのことを呼ぶこともできない。
毎日頑張って練習しているチームメイトを、フィールドに立つ彼らを応援できない。
誰かと笑いあうことも、歌うことも、名前を呼ぶことすらーーーできない。
風が棗の髪を揺らす。
声が出る前と出なくなってからと、何も変わっていないのに何もかもが変わっている。
揺れる黒髪に涙がこぼれそうになった。
ため息をついても息がもれるだけ。
目の前が真っ暗になりそうなとき、小さな足音を耳が拾った。
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