コナン夢

□公認ストーカー
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たった数秒の想像が棗の全身を駆け巡って、ゾクリと背筋を這う。
この悪寒の正体は不安と悲しみだろう。
話題に上がっていたサッカーの試合でようやく新一のことを意識し始めた棗にとって、彼の一挙一動が心を揺らす。
一緒に登校してくれるのは幼なじみだからなのではないか。
歩幅を合わせてくれるのも、たわいもないことで笑ってくれるのも、幼なじみという関係の上に成り立つモノなのではないか。
自分は新一と違って、特別に誇れるものがあるわけでもない。胸を張って自慢できるものもない。
けれど新一は優しいからそんな自分でも幼なじみという枠の中で大切にしてくれている。
ならばその幼なじみという枠から外れたとき、自分は新一にとってどんな間柄になるのだろう。
少々仲の良い女子、だろうか。それとも友人だろうか。
この十数年で創り上げてきた"幼なじみ"という優しい関係は、果たしてそれ以上の関係になれるのだろうか。
そう考えるだけで胸と鼻の奥が痛んで、棗はゴクリと唾を飲み込んで平静を装おうとした。
けれどそれはうまくいかず、瞳に涙の膜を作った。
想い人がいる前で泣くなんて、と思うのに、心は勝手に悲しみで満たされていく。


「…?棗?」


園子の呼びかけに棗はハッとして顔を上げようとしたが、このまま動けば涙がこぼれてしまう。
今までの話しの中に泣く要素などひとつもなかったことは話していた棗が一番よく分かっている。
けれど涙は勝手にこみ上げてきて、棗を困らせた。
お願い止まって、そうどれだけ願っても、どれだけ自分に言い聞かせても、涙は止まらない。


「棗…?どうしたの?どっか痛いの?」


園子の言葉に棗は小さくうなずいた。
もちろんそれは嘘なのだが、どこか痛いのなら泣いていてもおかしくないだろうと思ったのだ。
大丈夫?と聞かれて棗は弱くかぶりを振った。
その反動で涙が頬を伝って机に落ちるのを、棗は嗚咽を堪えながら見ていた。


「保健室行く?」


棗はまた小さくうなずいて、右手をこめかみに持って行った。
それは頭痛がする、というポーズのための形付けだったが、ちょうど涙を拭くことも出来た。
といっても涙は次から次へと溢れてくるのでほとんど意味がない。
棗は自分でも分からない涙の理由と涙をクラスメイトから隠すため、俯いてその長い髪で顔を覆った。


「どした棗?頭、痛てーのか?」


新一の心配そうな声が俯いている棗の耳を打った。
その声に胸がキュウッと絞られるように痛み、その痛みと切なさがまた涙を誘う。
意識して声を低め、声が響かないようにと音圧を押さえてくれるさりげない心配り。
棗が不安の色を欠片でも見せるとそれに寄り添ってくれるし、ときにはその不安を払拭するために動いてくれる優しさ。
普段はクールを装っている新一からは想像できない優しさに、棗は幼い頃から包まれていた。
けれどいつかこの優しさが、自分以外の誰かに向けられる未来がくるかも知れないーーー。
そう考えた途端、喉を締め上げられたような苦しさが棗を襲った。
新一が柔らかく名前を呼んでくれることも、心配してくれることも、手をさしのべてくれることも、棗は今まで当たり前に受け入れていた。
"幼なじみ"として、ずっと隣でその恩恵を当たり前に受け続けていた。
だが、それはいつまでも棗だけのものであるわけはないのだ。
新一に大切な人が出来れば幼なじみという脆い立場はすぐにでも追われることになり、棗の立てなくなった"新一の隣"に"他の誰か"が立つのだから。
ずっと自分だけのヒーローだった新一が唯一の人を選べば、彼は自分だけのものではなくなる。
真綿でくるまれて柔らかく優しく愛される庇護は受けられなくなり、ヒーローとしての新一と同時に幼なじみの新一も失うことになる。
そして彼は遠い、ずっと遠い人になるーーー。
そこまで考えて棗は空恐ろしさに震え、また涙がこみ上げてくるのを頭の片隅で感じた。
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