□始まりは訪れていた
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「お父様、本当に、本当に大丈夫なんですか?」
「大丈夫だと言っておる。あんな男、すぐには死なんわ」
「まぁ!お父様、そんないい方ってないわ!」

同じ部屋にいる何人かの軍人は、必死に驚きと嫉妬に歪む顔を押さえていた。
なぜなら蛙のようにでっぷりとした上司がとても美しい女性に「お父様」等と呼ばれているのだ。
また、彼女がそわそわと落ち着きの無い様子で部屋を歩き回っている理由は
特務で来たあのいけ好かないムスカ大佐なのである。
どちらも彼らにとって、信じたくない出来事であった。

ナツメはいつだったかのようなドレスを着ていなかった。
理由はドレスではさすがに軍人の中では浮きすぎると言うこと、
父が自分の娘を軍人に"女"として見せることを嫌がったこと。
荷物がかさばると言うこと、そして何より自分が動きづらいというのが理由であった。
ナツメは軍人のような、とは行かないまでも、ズボンをはき色も軍服に近づけている。
ジャケットを着て、帽子を被り、遠目から見れば少し華奢な軍人に見えた。


ウロウロとナツメが部屋をうろつく。
それを将軍は何度と無く注意するが「だってムスカさんが乗る船が襲われたのよ?!」と言い返えされる。
いくら動き回ってもどうにもならないだろうと将軍が言い聞かせてもガンとして聞く耳を持たない。
将軍はとても面白くなかった。
自分の可愛い可愛い一人娘が、いきなり現れた年若くして自分と近い地位にいる男に心攫われているのだ。
そしてその男は腹に何かを隠し持ったタヌキにしか感じられないのである。
どうたぶらかしたのかは知らないが、電話で席を外した10分程度でムスカはナツメの心を奪っていた。

「ふん!あんな男の心配なんぞ、必要ないわ」

将軍が鼻を鳴らし、それにナツメが眉を寄せる。
すると扉の向こうから入室を求めるノックの音が響いた。
そして将軍にとってはあまり聞きたくなかった
ナツメにとっては待ちわびた声が聞こえた。


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