□囚われた詐欺師
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昼休みをあと10分ほど残して教室に帰ってきた仁王を見て、ブン太はまたか、と小さくため息をついた。
顔にも態度にもまさしく「苛立っています」の文字が見えている。
開けられたドアは大きな音を立てていたし、ドカリと椅子に座る態度すら感情的。
午前中には香らなかった香水のそれでおおかた予想がついたブン太は、前に座る仁王の背中に声をかけた。


「仁王、次の授業って何だっけか」

「…英語じゃったかのぅ」

「ん、サンキュ。…あ、宿題って出てたっけ」

「…出とらんよ」

「そっか」


たわいもない会話だが、その当たり障りのない会話のおかげで仁王の態度は僅かに緩んだ。
そのおかげか、張り詰めていたその教室の空気がやっと元に戻っていく。
シンと静まりかえっていた生徒たちもようやく話し始め、予鈴が鳴る頃にはいつもと同じ風景に戻っていた。


放課後を知らせるチャイムが鳴ると、午後の授業を全て寝て過ごしていた仁王はすぐに教室を後にした。
ブン太のおかげで僅かに緩んだとはいえ未だ苛立ちは治まっていないようで、態度はあまり良くない。
引退する前ならばテニスでその苛立ちを発散できたかも知れないが、今はもうコートは後輩に譲り渡した身である。
しかもこんな日に限ってコート整備で、テニスをすることはできない。
下駄箱で靴を取り出した仁王は、投げ捨てたそれが裏返ったことに鋭く舌を打つ。
するとたまたま近くにいた男がそれに反応して小さな悲鳴を上げた。
それすらも苛立ちに変わり、仁王はさっさと靴を履いて校門へと向かった。
近くの停留所には彼と同じくバスで駅まで向かう生徒の列。
ぺちゃくちゃと話すそれらがどうにも勘に障って、仁王はそのまま停留所を通り過ぎようとする。
だが中学でも高校でも有名な仁王が近くを通ったことで、並んでいた女たちが黄色い声で騒ぎ出した。
その声に苛立ちは一気に頂点を超え、仁王は女たちにも聞こえるように盛大に舌を打った。
舌打ちは効果絶大だったようで、女たちは顔を真っ青にして顔を背けてしまった。

ーーーどいつもこいつもやかましいんじゃ

仁王は憎々しげに女たちを見て、その横を通り過ぎた。
列に並ぶ生徒たちは一瞬にして恐ろしい空間に変わってしまったその場から逃げるに逃げられず、早くバスが来ることを祈るばかりだった。
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