□天上の歌
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仁王の機嫌がいいのは久しぶりだった。
教室に行くまでに上がった黄色い声を無視するのはいつも通りだったが、その方向をにらむことはなかった。
ドアでぶつかりかけた生徒になにか言うこともなく、授業はずっと起きていた。
だからなんだというのだ、という人もいるだろう。
だが仁王を知るものからすればそれは素晴らしいものだったのだ。

テニス部を引退してからというもの、仁王の登下校の時間は普通の生徒と変わらなくなった。
しかも間を邪魔していたフェンスはなくなり声をかけることができるようになる。
食事は相変わらずテニス部のメンバーと食べているが、部活があるという名目の元逃げられることも断られることもなくなった。
すると中学高校、果ては大学や社会人も含め盛りのついた女たちは彼を求め、彼に自分をアピールすることに必死になった。
仁王は全国クラスのテニスの腕前にプラスして、人目を引く銀髪と整った顔立ちを持つ男である。
人と深く関わらないという性格も女たちから見ればクール、という言葉に変換されて人気を集めた。
彼は格好良いと評判の立海付属中テニス部の中でも群を抜いてファンが多いのだ。
校内一とも言われるその色男ぶりは彼が1年の頃からだったが、今までは"部活があるから"という理由で彼女を作らずにいた。
なにか問題でも起こせばテニス部に迷惑がかかるという思いだったらしい。
それらがなくなった今がアタックするには一番いい時期なのである。
ただ、彼女たちは知らなかった。
仁王は人と深く関わらない。それは男に限らず、女にも言えることだった。
全てにおいて、仁王は自分を貫き通した。
・面倒ごとは避ける。
・テニス部以外の人間とは深く関わらない。
・人の気持ちや行動を観察して予測することは得意だが、自分のデータは取らせない。
・表面上しか見ず騒ぎ立てる女を心底嫌っている。
これらが仁王のスタイルだった。
群がった女たちはこれらを見落とし、仁王に絡み続けた。
ひどいものだと学校で仁王に乗っかり、そのまま行為に及んだ女もいた。
だが全てにおいて冷めている仁王にとってその行為はほとんど「乗られたから抱いて出しただけ」というスタンスだった。
だから決して自分から誘うことはなかったし、キスやデートをしたことは一度たりともない。
女は身体を重ねたことで仁王のことを彼氏だと思い込んだが、仁王はそんな女たちを左手と同じかそれ以下にしか思っていなかった。
仁王と付き合っている、と豪語する女が複数人出てきたことで学校中でたくさんの悲鳴と涙が起こった。
だが仁王は誰に靡くこともなく、平然としていた。
そして詰め寄ってきた人間には「乗っかられたからした」と言ってのけ、彼女たちのプライドを傷つけた。
だがそれが数回繰り返されたことでいい加減に面倒になったのだろう。
仁王は女が熱を帯びた視線を自分に向け、黄色い声をあげるだけで不機嫌さをあらわにした。
近づきすぎれば殺さんばかりの視線が向けられる。
暴力行為のように手があがることは絶対になかったが、視線と辛辣な言葉だけで仁王は近づく人間に恐怖を与えた。
誰もが彼にかかわらず、平穏な日々を過ごしてさえいれば仁王はただの普通のクラスメイトであり、生徒だった。
けれどほとんどはそうはいかず、孤高の存在である仁王を求める者のせいでその世界は乱されるのだ。
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