□歌姫
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仁王は歌い始めた彼女たちの中に、求め続けていた声の主を見つけ泣きそうになった。
魂が震える、美しすぎる声。
客たちも同じなのか、目をつむって聴き惚れる人もいる。
パートが別れたことにより、声の主がソプラノパートにいることがわかった。
それによって仁王の視線はたった4人しかいないソプラノのメンバーに注がれる。
仁王にとって彼女の声は、空気やテニスと同じようになくてはならない存在になっていた。
だから必死に彼女の声を聞き分けようとする。
いったい誰がこの声の持ち主なのか。
だが同じように高音を歌っている4人から絞り込むことはできない。
静かな余韻を残して曲が終わり、2曲目が始まる。
春間中の発表は3曲。
それらの間に主を見つけなければ、その4人に聞いて回ることになる。
一言話してくれればきっとその声で判断できる。
だが今日は時間が足りないのだ。
曲は仁王の心を震わせ、仁王の全てを奪いながら続いていく。
そして終わってしまった。
残りは、たった1曲。

ーーーア・カペラの、オンブラ・マイ・フ

ア・カペラという意味を知らない仁王は始まった曲に息を止めた。
伴奏がなかったのだ。
先ほどまで弾かれていたピアノは最初の一音ずつを奏でただけで終わってしまった。
そして始まったのは、仁王の焦がれてやまない声の主の、伸びやかでしなやかな高音。

ーーーあ、…あぁ………!

仁王は心が思うまま、身体が感じるまま、涙を流した。
そこには聖なる歌声があった。
高音のソロを高らかに歌う美しいその人。
微笑んだまま柔らかな声を響かせ、けれどハーモニーから音を外さない声。

ーーーやっと、逢えた…

その微笑んだ彼女こそ、仁王が待ち続けた想い人だった。


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