□支え
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「私、棗先輩の歌を聴いて合唱部に入ろうって決めたんです。だから、声楽科、行ってください」

「その声をそのまま埋もれさせるのは絶対もったいないです!」

「そうですよ!損失ですよ、損失!」


言葉尻の強さに棗はきょとんとした。
自分の歌が人の心を動かす力を持っているなんて、考えてもみなかったらしい。
後輩たちから挙がる賞賛の声はどれも輝いていて嘘の陰など見えない。
先生の柔らかな表情と、立ち上がって拍手をくれた客。
その中には無償で歌のレッスンをしてくれた有名校の教師である、榊先生の姿もあった。
そしてなによりも、涙を流して歌を喜んでくれた銀髪の人。

ーーーあの人も、わたしの歌に感動してくれたの…かな

そう思うと心が熱くなる。
どう見たって音楽鑑賞が趣味に見える人ではなかった。
少し焼けた肌とがっちりとした逞しい身体はきっと体育会系の部活に入っている証拠。
そんな人が、自分の歌を聴いて泣いてくれた。
感動して、涙まで流してくれた。

ーーー嬉しい

それが素直な感想だった。
棗はゆっくりと瞳を伏せた。
目蓋の裏に思い出せる銀髪と煌めいていた涙の筋。
その残像は、棗にとって大きな力になる。


「…先生。わたし、声楽…続けたいです」

「うん」

「頑張りたい。もっと…もっと歌いたい」

「そう…。なら、推薦書、書かなきゃね」

「お願いします」


歌い続けていれば、銀髪の彼のように歌に興味を持ってくれる人がきっと出てきてくれる。
自分にとってなくてはならない、音楽。
その素晴らしさをたくさんの人に知ってもらいたい。
そして、大切なものを持つことの重要さを知って欲しい。
決心した棗の瞳は驚くほどまっすぐで、虹彩が煌めきが眩しかった。


***
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