□願いはひとつ
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顔は今でもはっきり覚えているのだ。
その姿さえ見られれば、声を掛けられるというのに…。
ハァ、大きくため息をついた仁王は、自分でついたそれに驚きを隠せない。
どう聞いてもそれは今までの自分らしくない弱い部分。
弱みなど欠片も掴ませないように生きてきた詐欺師・仁王雅治にあるまじき行為だった。
だがあの声を聴いて以来、新たな自分が見えてきたことも本当。
囚われた心が、囚われた魂が、彼女を求めている。
話したこともない彼女を、全身全霊が欲している。

ーーーもう、声だけじゃ我慢がきかん。何もかもを手に入れたい

そこまで思って、仁王はその気持ちが恋であり強い独占欲であることに気がついた。
知っていることは、彼女の声と彼女の顔。そして音楽への想いの強さ。
ただそれだけだというのに、仁王は彼女に恋をしてしまっていた。
だが、知っていることが少ないからと言って諦めるつもりは毛頭なかった。

ーーー知らないんなら、知っていけばいいことじゃ

隣に立って、笑い顔も、好きなものも、嫌いなものも、全て知っていけばいい。
ぎゅうっと握りしめた拳は仁王の決意を表し、あげられた顔は久しぶりに生気に満ちている。
仁王は強い足取りでその場を後にし、練習試合のために久しぶりにテニスラケットを握った。


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