□近づき始めた
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春間中との練習試合が近づいてきたある日。
昼食に集まったメンバーに対して、幸村は申し訳なさそうに口を開いた。
よりによって練習試合当日に緊急のコート整備が行われることが今更判明した。
そこで春間中と掛け合ったところ、2面しかないコートで良ければ春間中で試合を、という提案がされた。
ありがたい話なので賛同したいのだが、みんなの都合はどうだろう…。
幸村の困惑した顔は珍しく、真田や柳たち、そして新部長を任された切原は二つ返事で了承をしている。
仁王は言われた内容をもう一度かみ砕くと、驚いてパックジュースを握りつぶしそうになった。
こぼれた中身に慌てて柳生がティッシュを差し出す。
仁王は今時ティッシュを持ち歩いている男も珍しいなどと思いながら、ブレザーのしずくを拭き取りながら考えた。

ーーー春間中に、行くっちゅうことじゃ…のう

偶然にしてはできすぎた話ではある。
だがコンサートで声の主と知り合えず、それ以来声を全く聴いていない仁王にとってはありがたすぎる話だった。
もしもその練習試合に声の主がいてくれれば、声をかけることができる。
知り合うことも、仲良くなることもできる。
願ってもないチャンスに、仁王の心は躍り出しそうになっていた。


「仁王はどう?待ち時間が長くなったり不便もあると思うけど…」

「かまわんよ」


幸村は仁王から快い返事をもらったことでほっと一息ついた。
今回、詐欺師と異名を取る仁王を騙すため、部員たちを巻き込んでの大博打を張ったのだ。
もちろん立海テニス部強化試合という名目は嘘ではない。
だがそれは切原が今いる部員たちと相談して決めることで、引退した自分たちが関わることではない。
けれどどうにかして春間中に近づくためにはこの案が一番得策だったのだ。
緊急のコート整備というのも春間中に出向くための発言で、緊急などではなく意図してその日に組み込んだのだ。
真実を知っているのは幸村と柳、そして現部長の切原だけ。
柳生やジャッカルも気がついてはいるかも知れないが、仁王のためだと勘づき沈黙を守っている。
嘘も方便、ということばは今のためにある言葉だろう。
幸村はそう思いながら、あとは数日後の練習試合に仁王の片思い相手が来てくれることを心から願った。


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