長編
□日暮らし
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B
「ふぁ〜あ。」
英語の問題集に取り組みながら、綱吉は盛大に欠伸をした。
雲雀が出かけて、もう数時間が経っていた。もともと人がほとんどいない屋敷は、主を失ってしんと静まりかえってしまっている。人がいないのは、雲雀が群れるのが嫌いだからだろう。
時計の針が動く音。綱吉が走らせるシャーペンの音…。妙に響くそれらの音以外は、何も聞こえない。
綱吉は溜息をつくと、コロリとシャーペンを転がした。体を思いきり伸ばすと、くたりと机の上に俯せになる。
「…雲雀さん、遅いなぁ…。」
転がしたシャーペンを指で突いたり転がしたりしながら、綱吉はポツリと呟く。瞬く間に声は静寂に溶けていった。綱吉は、ぼんやりと英語の問題集を見る。長時間取り組んでいるのに、問題集には空欄が目立った。
(どうして…雲雀さんは、オレなんかの臨時家庭教師になってくれたんだろ…。)
あんなに、『群れるのは嫌い』だと言っていたのに。
(でも…。)
嬉しい、と思っている自分がいる。群れるのが嫌いな彼が、自分を傍に置いてくれたことが、とても嬉しい。
綱吉は、淡い微笑みを浮かべた。気を取り直してシャーペンを持つと、再び英語の問題集に取り組む。
(雲雀さんは、キレイに発音とかするんだろうなぁ。)
思い浮かべて、また笑みを零す。数時間前はパニクって落ち着きが持てなかったのに、ゆっくり考える時間ができたためか、綱吉は余裕を持つことができるようになっていた。
「よし、もうひと頑張り!」
「あれだけ時間あげたのに、まだこれだけしか進んでないの?ホントに頑張ってたのかい?」
「ΣΣふわぁっ!?」
突然耳に届いた凜とした声に驚いて、綱吉は素っ頓狂な声をあげて飛び上がった。心臓をバクバクさせながら、綱吉はゆっくりと背後を振り返る。
「ひ、雲雀さん…おかえりなさい。」
「ただいま。」
ヘラリと笑ってみせた綱吉に、微かな微笑みとともに言葉を返しながら、雲雀は綱吉の隣に腰を下ろすと、広げてある英語の問題集に目を通した。
「こことここ、間違ってるよ。あと、こことここと、ここも。」
綱吉のペンケースから赤ペンを取り出すと、雲雀は間違っている箇所に次々と×印をつけていった。あまりの×印の多さに、綱吉は冷や汗をかきはじめる。
(お、怒られるかな…;)
チラリと、恐る恐る雲雀に視線を向ける。しかし、雲雀は小さく息をついただけで、怒りはしなかった。問題集をパタンと閉じると、ヒラヒラ振ってみせる。
「どうやらキミは、僕が思ってた以上に手のかかる生徒みたいだね。今から解説してたら朝になっちゃいそうだし、とりあえずご飯にしようか。お腹、空いたでしょ?」
「あっ、は、はい!…すみません;」
小さく縮こまりながら、綱吉は消え入りそうな声で詫びた。そんな綱吉に苦笑を零すと、雲雀はスッと立ち上がった。
「おいで。」
微笑みかけられて、綱吉はドキリとして固まった。顔が熱くなる。思いきり走った後みたいに、心臓がバクバクと動いた。
「…?早くしなよ、もたもたしてると咬み殺すよ?」
「Σすっすみません!」
慌てて立ち上がる綱吉に再び苦笑を零すと、雲雀はスタスタと歩きだした。綱吉もその後に続こうとしたその時、
「Σうわっ!?」
「!」
綱吉は、勉強する際に傍らに積み上げておいた辞書や参考書の山に躓いてしまった。
倒れかかった綱吉は、ギュッと目をつむる。
(転んじゃう―!)
綱吉は、体に衝撃が走るのを覚悟した。しかし…
「…?」
いつまで経っても、体が床にたたきつけられる衝撃がこない。痛みが襲ってこない。…それどころか、心地よい温かさを感じた。恐る恐る、綱吉は目を開いてみる。明るくなった視界に、自分を支える細い腕が見えた。
「まったく、キミはホントに危なっかしい子だね。」
「Σっ!!??//」
(お、オレ、雲雀さんに抱きとめてもらっちゃったのーっ!?//)
予想外の事態に、綱吉はパニクる。真っ赤になって硬直してしまった綱吉を見て、雲雀は苦笑を浮かべ、小さく息をつくと綱吉の手を握った。
「Σ!?//」
「仕方ないね。手を繋いでってあげるから、もう転ぶんじゃないよ。」
「え!?あ、ありがとうございます…//」
さらに赤くなった綱吉に微笑を零すと、雲雀は綱吉の手をしっかり握って歩きだした。綱吉はその後ろを手を引かれて歩く。俯いた顔は、火が出そうなほど赤かった。