パラレル
□Doll
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「へぇ…あれ、そういう意味なんだ。まだイタリア語には慣れなくてね」
「テメェはこの前の!!」
やって来た客には見覚えがあった。そう、今しがた扉を潜って来たのは深い青にも見える黒とは言い切れない不思議な艶を持った髪の日本人。
先日、店に来て一騒動起こした人物だ。あの時は、一緒に来ていた金髪の男に宥められながら帰って行ったのだが。
今日は例の男は来ていないようだ。
切れ長の瞳と目があった獄寺はこの穏やかさに終止符が打たれる事を悟った。
「ねぇ、それ客に対しての言葉?」
「なっ?!」
警戒するように睨み見る獄寺に対して放たれた言葉に獄寺は虚を突かれた様子で目を丸くした。
こんな風に指摘されるとは思っても見なかった上に自分を客だと言う雲雀。
人形に興味など微塵も感じない相手からの言葉に心底驚いている様だ。偏見の類に入るかもしれないが、人形を誰かに贈るような人間にま見えない。少なくとも現状を見る分には。
「…お前、雲雀だったか?来ると思ってたぞ」
「…リボーンさん?!」
ログ作りのカウンターには階段。そして、その螺旋階段の先には作業部屋である二階へと繋がっている。
そこから、一段また一段と階段を下りるゆったりとした歩調を刻む音が響く。
現れたのは、他でもない。
店の主、リボーンだ。
トレードマークのハットは今はなく。
ジャケットも身に着けていないラフなスタイル。オマケに言えば袖口のカフスもシャツの首元のボタンも2つ程外されて、タイも緩んでいる。
しかし、一つ筋が通るようにピシっとした印象を受けるのはタイトなパンツと切れ長の瞳や持ち得るクールさがそうさせるのだろう。
そんな出で立ちの彼の影に隠れるようにピッタリ寄り添う小さい影が一つ。
それには知ってか知らずなのか、目にも留めず満足そうな雲雀が空気を喜色に染まる声で震わせる。
隼人はただ一人、リボーンの口ぶりに驚くだけで言葉が続かない。
「クス…君に会いたかったんだよ」
「俺は別に会いたかった訳じゃねぇけどな」
下段まで下りたリボーンの手には空のマグカップがあった。
上品なフォルムに、華美過ぎない控えめな青のラインが一筋、真っ白なその肌に色を注していた。
マグをカウンターに置くのと同時にリボーンの影から伸びた小さな手がシャツを掴んで皺を寄せる。
「もう一杯頼んだぞ」と、半ばこの場に付いていけない彼に果たして逃げ道を与えたのか…ただ単純にエスプレッソのおかわりを頼んだだけのか…。
しかし、結果的には前者の役割を担ったカウンター上のマグを手に取りキッチンも兼ねる給湯室へと姿を消した。
「ふふ…別になんでも良いよ。僕は君と戦いたいんだから」
「なんでも良い…か。んじゃあ、話しは、早ぇな」
「こいつの事、頼んだぞ雲雀」
【こいつ】と称されてリボーンの背後に隠れていた人影が背を押されて前に出た。それは一人の少年。小柄な体躯が幼い印象を与えるものの雲雀やリボーン、隼人とさほど変わらない年頃だろうか…。今にもリボーンの背に戻り兼ねない−−−それは背にあるリボーンの手が許さないのだが−−彼を前に他人よりは長けていると自負している考察力で伺った後、耳朶を叩くテノールに口を開く。
「ワォ。それはどういうつもりだい?」
「なんか知らねぇが、えらくお前の事を気に入ったらしくてな…」
「へぇー、気持ち悪い程感情の無い子だね」
クイと人差し指でその顎を掬う。そこで雲雀は目の前の子供の肌が陶器の様に白い事に気付く。
「クス…人形みたいだね。……気に入ったよ。」
そう言いながら顎にあった指を頬に滑らせてその滑らかさを楽しんでいた。
上質な陶器の様にスベスベとしているのに、生きている証とばかりにマシュマロのように柔らかかった。
その不思議な感覚はすぐに雲雀を夢中にさせる。
まじまじと顔を近付ければ今までは何処か虚ろ気だった瞳が大きく開かれたのに興味深げに切れ長の瞳を細めた。
「ぁ……?」
ボソリと零された声はかわいらしい容姿にピッタリの音程で短く発せられた。
しかし言葉が続かない。少年に変わって今度はリボーンが深刻そうに眉根を寄せて口を開く。
「さっき…お前が言ったようにこいつは感情が乏しくてな…。」
此処まで来て雲雀は悟る。
「だから…僕が教えるってこと?」
つまりは教育者として抜擢されたと言う事。
その読みは当たっていたようでリボーンは黙って少しの間瞼を伏せて見せる。これは肯定の意。
……………
沈黙が流れた。
流石の雲雀も簡単に答えられるものではなかった。
暫く会計をするカウンターに体を預けて考えていれば裾を引くか弱い力。
その主を辿れば僅かに戸惑いの色を浮かべた透き通る程綺麗な琥珀の瞳にぶつかった。
「ふぅー…、君、名前は?」
「??」
「ツナ、だろ」
長い溜息を吐いた後に雲雀が言った言葉に少年は首を傾げた。
すかさずやんわりとフォローを入れるのはやはりリボーン。
「ツ…ナ」
それを受けて初めて言葉を得たオウムのようにゆっくりと復唱した。
「ツナ…僕で良いんだね?」
「はい」
念を押すように問うた雲雀の声にツナはコクりと力強く頷いた。