里緒's作品

□聖なる夜半に
1ページ/2ページ






「っとに……バカ騒ぎが好きな連中だ」
食堂のほうから聞こえてきた賑やかな声に、シノンは1人呟いた。今日は聖なる夜、つまりクリスマスイブである。ということで、仲間達は砦にてパーティーを催していた。が、シノンがそんなものに参加する筈も無く、酒を持ち出して部屋に引っ込んでいたのだ。
「…ふぅ…」
酔いが回ってきたのを感じて、静かに息を吐き立ち上がる。酒瓶を持って、シノンはゆっくりと部屋を出た。
賑やかな食堂を興味なさげにすたすたと通り過ぎ、砦の出口に向かう。だからその時、
「…………」
蒼い双眸が己の姿をじっと見つめていたことを、シノンは知らなかった。




















外はまさに、一面の銀世界という言葉に相応しい景色だった。
酔いによって熱くなったシノンの頬を、降り積もった雪と冷たい風が少しだけ冷ましてくれた。
もう一度静かに息を吐いて、シノンは近くにあった木の幹にもたれる。
そして、瓶から琥珀色の液体をあおり、月を見上げた。
「ん……」
雪が降った後だからだろうか、夜空の月がやけに輝いていて、シノンはそれをただぼぅっと見つめていた。酔いのせいか思考が定まらず、あまり考え事はしていなかった。傭兵としては、それはいささか無防備すぎたかもしれない。何せ、近付いてくる足音にも気付かなかったのだ。










「シノン」
「!!」
はっと我に帰り声のした方を見ると、シノンのわずか数メートルほどにアイクが立っていた。
「………何の用だクソガキ」
シノンはそう言いながら、自分で自分を罵っていた。傭兵にも関わらず、声をかけられるまで気付かないとは。不覚──例え酔っていたとしても、油断などしてはいけない筈だ。
「ヨファとガトリーが寂しがってる。来てやってくれないか」
「はっ、テメェの頼みなんざ誰が聞くか」
酔いのせいでいつものように頭と舌が回らない。そんなシノンの頭に、怒涛のように後悔が押し寄せた。こうなるならば、ちょっと風に当たってすぐに部屋に戻れば良かった。いや、そもそも部屋を出たこと自体が間違っていたのだ。そのまま部屋で酒を飲んで、酔いつぶれて眠るのが一番良かった。しかし、シノンがいくら悔やんでも、今更である。










とにかく、今目の前には大嫌いな男がいるわけで、シノンにとって最悪な状況なのだ。
酔っ払った頭でそれだけ考えると、シノンはアイクを睨み付けた。
「俺は寝る。ガキはガキらしく騒いでるんだな、坊や」
それだけ言ってシノンは──なるべく酔っているのを悟られないように──早足でアイクの隣を通り過ぎようとした。が、
「!?」
アイクに腕を掴まれ、引き戻された。
「…何のつもりだテメェ」
「今日は何の日か分かってるだろう、あんた」
「は?何のって……クリスマスイブだろ」
ふっと笑って、アイクは頷く。
「そうだ。だから…」
そう言いながら、シノンの細い腕を引っ張り、その痩躯を抱きしめる。シノンの手から酒瓶が滑り落ち、雪の上に転がった。
「っ!?は、離せ馬鹿!!何しやがる!!」
酔いが一気に覚め、シノンは暴れ出した。
「大丈夫だ。これ以上は何もしない。だから、」
アイクはシノンを強く抱きしめ、息を吐いた。
「だから……今日くらい、許してくれ……」
「!」
アイクのその言葉を聞くと、シノンは黙り込み、舌打ちをした。










どうせ、アイクに本気で抗ったとしても、シノンの力では到底勝ち目はない。無駄な体力を使うよりは、大人しくしている方が賢明なはずだ。
そう自分に言い聞かせ、大人しくなったシノンはそっと目を閉じた。
そう、今日くらいは許してやってもいい。一年に一度の聖なる夜なのだから。それに、真冬の寒さで冷えてきた体に、アイクの体温はなかなかに暖かい。
「……心優しい俺様で良かったな。今日は、許してやるよ……」
シノンが言うと、アイクは抱きしめる腕をさらに強め、
「…あぁ」
とだけ返した。





許してやるのは、クリスマスイブだから。
抗わないのは、力で勝ち目がないから。
抱きしめられて悪い気がしないのは、アイクの体温が暖かいから。

ただ一つ──酔いがすっかり覚めた今となっては、熱くなった頬の言い訳が見つからず、シノンはまた、舌打ちしたのだった。

END




次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ