□きみは知らない
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家に帰ってくるなり、シェリルはばふっとベッドにうつ伏せに倒れ込んだ。



どうしたんだ、まさか具合が悪いんじゃと慌てて駆け寄り、彼女を仰向けにぐるっと回して額に手を当てる。



熱はないし顔色も悪いわけじゃない。

それなら一体どうしたのか。







「今日は最悪だったわ……」


「シェリル?」



普段、あまり仕事に関して愚痴を言わないシェリルがこんな状態なのは極めて珍しい。




「…どうしたんだ?」



そう言うとシェリルはがばっと起き上がり、早口で話しはじめた。



「だって!今日の握手会だって、途中で汗と脂でベタベタの奴が、手をすごくすり合わせて握ってくるのよ!しかも30人も!信じられない!!しかも、握ったままその手を、自分の顔にもっていこうとするなんて!あぁもぅ最悪!」


涙目な彼女を抱きしめて、彼女の背中をさすってやる。

時折、こんな風に甘えてくる彼女は子供に戻り、無邪気で可愛い。



「あーもう!芸能界なんてやめてやりたいわ!でも歌いたいわ!」



どっちだよ、というツッコミは今は控えておこう。



「はいはい。ミルクティー飲むか?」


「う〜…、本気にしてないでしょ!」



「お前が飲まないなら俺一人で飲むけど?」



「………飲む」



「かしこまりました。」


笑ってひらひら手を振りキッチンへ。

棚から茶葉を出して二杯分。ポットに入れて隠し味にカモミールを少々。

お湯を注いで、蒸らす時間は5分間。

ひっくり返した砂時計の砂がさらさらと落ちるのを眺める。

待ってる間にミルクと砂糖を用意していたら、キッチンの陰からちょこっとシェリルが顔を覗かせた。

不安そうに俺をじーっと見ている。



「シェリル?どうした?」



「………いつも、悪いわね。アルト…」

彼女から謝るなんて、驚いた。


ぽかん、としている俺のもとへ、たたた…と小走りで俺のところに来たシェリルは、ぎゅうっと強く抱きついた。












どうしたんだ、なんなんだ一体、と混乱する俺の耳に届くのは弱々しい声。




「…なんかいっつも、ごめんなさい。」



「べ、別にいいさ。どうしたんだ、いきなり…」



「な、何よ!有り難がりなさい!こんなサービス滅多にしないんだから!」



そんな彼女に、少し驚きながらもさっきのように背中を撫でる。


「ははっ、ありがとう。」



ふと見れば、もう落ちきった砂時計の砂。


彼女をゆっくりと引き離して、ちょっと待っててくれ、と笑う。

ちょっと、照れて頷く彼女、大人しくリビングに戻っていった。



温めたカップに注ぐ紅茶とミルク。

角砂糖の入った生成り色のシュガーポットをトレイに乗せて自分もリビングへ。

シェリルはソファーに丸くなって座っていた。

「ほらシェリル。ミルクティー」


「ん……あ、カモミール入れたのね。いい香り。」


「わかるか?」



「ふふっ、分かるわよ。」


なんか、アルト、今日は紳士みたいね、とさっきよりも幾分か元気が出たらしい彼女は、微笑みながらミルクティーを口にする。



紳士、か。



「はあ、アルトのミルクティーで元気出たし、さっさとお風呂入って寝るわ。」


「……一緒に寝てやろうか?」


「そこまでしてもらわなくて大丈夫よ」


でも、ありがとう、と彼女はミルクティーを飲み干してカップをキッチンに持っていった。



俺洗っておくから、と声をかけると、はーいと返事をしてばたばた部屋に戻ってく。



別に気を使ってあんなことを言ったわけじゃなくて。






「どーやったら脱紳士ができるのか……」


零れた言葉はミルクティーに隠れたカモミールフレーバーのよう。



ぬるくなったそれを一気に飲んで、まずは男として見てもらおう、と気合いを入れた。













(俺と君との関係を打ち砕きたい事を)








(ってなわけで俺も一緒に風呂入るよ、シェリル)



(キャアアア!!前!!前隠して!!)





















すいません。誰だよアルトてんめぇ(*^o^*)

 

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