紫電清霜

□09. 出立
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妖は戦いを好み、憎悪で強くなる。
平和に生きていくことを望む鬼の盾になり、代理戦争のための道具だと言われてきた。


事実、茜凪の内には未だ黒い化物がいる。
これを飼い殺すことは至難の技であることも既に自覚していたが、妖が憎悪を蓄え力に変える質であるのは身をもって理解した。


だが、それだけの為に生きているのかと問われれば、違うと言える。
それが、唯一茜凪が烏丸の里で得た知識だった。


妖は憎悪がなくても、戦がなくても生きていける。
里の中で生きてきた妖たちが、あんなに平和に笑顔でべっこう飴を平らげていた。
戦いだけが妖の存在価値ではない。


「詩織にも、それが伝えられれば……」


止められたのではないだろうか。
羅刹を生み出す所業を防げたのではなかろうか。
たらればだとはわかっているが、茜凪が詩織について考えれば考えるほど、同じ一族として『なにかできたのではないか』と結びついてしまう。


「茜凪」


背後から声をかけられる。
耳裏でハッキリと烏丸の声が聞こえれば、風を切る中でも聞き取れた。


「必ず詩織を討とう」


それは憎悪から出た言葉ではない。
小鞠の仇であるのは間違いない。だが、烏丸の声音は負の感情は宿っていなかった。


その先を見つめていたんだろう。
詩織を倒し、そのあとに望む生き方を選ぶために。


「……」


―――その先にあるのは、ただひとつ望み。
斎藤 一に、もう一度会いたい。
すべての戦いに決着をつけた後、茜凪自身が何を選びとるのか。


「はい」


やがて開けた道から海が見えてくる。
薩摩にある、風間家までの道を休むことなく北上する。


茜凪はもう一度振り返り、烏丸の里があった山を見つめた。


「妖でも……」


―――平和を望みたい。
修羅の道だけでしか生きていけないという道理を否定しよう。


その為に、この道をいく。


慶応四年 如月の出立だった……―――。




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