紫電清霜

□09. 出立
1ページ/4ページ




第九華
出立



慶応四年 如月 某日。
烏丸の里にて……―――。


「新選組の隊士に……?」


「あぁ」


狛神から齎された手鞠歌をもとに、風間家へ行こうと決めた茜凪たち。
ついに絶界戦争へ繋がる情報へ手が届くと思われ、旅支度を烏丸の里で進める彼女たちとは別行動でこの物語の立役者となった者がいる。


「今や錦の御旗は薩長軍側にある。賊軍となった新選組は隊士消耗が激しいだろうから、人手不足を感じ、どこかで隊士を募るはずだ」


「それに名乗りをあげ、隊士として彼らの身辺で妖の羅刹から守れ。ということでしょうか?」


「そうだ。必ず人の戦の勝敗に、縹の羅刹が関わらないようにしてほしい」


烏丸の里、次期頭領の凛の部屋。
呼び出された子春は、一拍おいたあと……視線を下げながら主人の依頼に頷く。


正直、本音で話せば人間と関わり合いを持つことに子春は反対派だ。
今は近くで見守る程度なので言葉を交わすこともなく、彼らからしたら子春たちが新選組を守っていることも把握していないだろう。


だが隊士になるならば話は別。
もちろん妖だと身分を明かすわけにもいかないので、人として紛れ込むことになる。
つまり、彼らと同じ立場で、彼らときちんと関わりを持つ、ということだ。


主人の命令ならば仕方ないと言い聞かせた子春は、肝心の凛がどこへ行くのかを尋ねた。


「若様はどちらへ?」


「風間の里で千景に会ってくる。しばらく烏丸の里を空けるだろうから、伝達がままならないことがあるだろう。指揮はお前に一任する」


「承知しました」


「最優先事項は、縹の羅刹が人の戦へ関与することの防衛だ。間違っても詩織の首をとることじゃない」


相手は怨恨の相手でもある、純血の狐だ。
日の本最強の妖・春霞の一族の詩織。


茜凪と同じ立場の者であるが、ここ一月関わった茜凪は狐らしからないと子春も最早理解していた。
つまり白狐と呼ばれる者だからと茜凪と詩織を一括りで見るなと言いたいのだろう。


「詩織に出会ったらまず勝ち目はない。隊を率いて逃げろ」


「……それは、詩織が縹を用いて新選組や賊軍を滅亡させようとしても、ですか?」


「場合による。お前にそこまで業を負わせるつもりはない」


凛は子春が“烏丸”として真っ直ぐ生きてきたことも知っているし、人と積極的に関わりたいと思っていないのも理解している。
本音と建前の狭間、うまく両立させながら子春を説得して命を受けてもらっていると凛は思っていた。


「悪いな、子春。お前が人も春霞もよく思ってないのはわかってるけど……お前にしか頼めなくて」


「構いません。私の忠義は烏丸の為。―――若様が思うようにお使いください」


冬の終わりが近いことを感じていた。
弥生になれば温かさは増し、人間が動きやすい時期がくる。戦も活発化するだろう。
幕臣となった新選組を、官軍である薩長が許すとは思えない。

そんな中へと紛れ込む……人の政に関わるかもしれない、境界線ぎりぎりに立つ日が来るとは。と子春は心を静め備えた。


「(新選組……)」


天狗と溝の深い白狐である茜凪と関わりが生まれた時。
藍人と新選組、この二つが凛と茜凪の共通の憧れであると知った。
茜凪が狐らしくないと知ったのも、彼女と関係を持ったから。
今回、不本意ではあるが新選組と関わることになれば―――新選組を知り、そして茜凪を更に深く知る機会かもしれないと子春は思った。



.
次へ
前の章へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ