紫電清霜 弍

□59. 真相
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「貴方の目に映る私は、何者に見えていますか……―――?」


「……」


「私は、化物ですか……―――?」






第五十九華
真相




朧と春霞の里の森の間に、鬼が棲んでいたとされる庵がある。
そこは千与と赤楝が死んだとされる場所であり、数十年の時が経ったあとも血の跡が残り惨状を物語る場所へと化していた。
その庵を訪れた爛は今、不可思議な体験をしている。


残された環那の思念というべきか。
彼の「待っていた」という一言に導かれ、爛は千与と赤楝が死んだとされる日の光景を目の当たりにしていたのだ。


透けた体を持つ爛は、当時起きていた事態に手出しをすることはできない。
ただ見ているだけという傍観者でありながらも、目前で繰り広げられるものは胸を苦しめるには十分だった。



「赤楝……」



赫灼をどこに忘れて来たのか。
そう問いたくなるほど、濁った赤。
髪は白髪となり、姿形は赤楝だとわかるが―――彼らしさが失われた出立ち。
死んだとされる彼が、何故再び立ち上がって来たのだろうか。



「環那……。どうして千与様が里に戻られていることを教えてくれなかったんだ」


「……」


「環那なら……私が誰を探しているのかも、どこの鬼であるのかも知っていたんじゃないのか……?そして私に隠さなければならないことがあったから、彼女の帰還を黙っていたのですよね」



ゆっくりではあるが、確かに環那を責め立てるように告げている。
赤楝から紡ぎ出される声を受け止めながら、環那は冷や汗を浮かべていた。
腕を横に出し、朧の名を持つ鬼たちを含めて誰一人、赤楝に近付かないように工夫を続けた。



「そうだとしたら酷いじゃないか、環那」



定まっていなかった視線が、吐き出した暴言と共に一点を見つめる。
血溜まりができている床を見ながら、赤楝がだんだんとしっかりとした、でも底冷えするような声音で続けた。



「ずっと私の傍にいて、都合の良いことばかりを口にして、真実を隠して」


「隠していたつもりはない。今はまだ会わせる時期ではないと判断していた」


「時期じゃない?」



早まる鼓動とは対比して、眼に見える環那は至って冷静だった。
内心の焦りを見せないように心がけながら、環那は白髪で赤い目をした赤楝に正し続ける。



「里に戻られた千与様の状態は芳しくなかった。対して赤楝、君も自身を責め続けていただろう」


「……」


「心傷により声すら失った千与様と再会した君が、さらに君を責めて―――壊れてしまうことを僕は恐れていた」



―――結果、最悪の形での再会を果たしてしまったわけだ。と環那は自嘲する。
千与の回復を待っていたこともあるが、どちらかと言えば赤楝の心が強くなることを待っていたのが大半を占めていた。
全てを伝えることが優しさであるとは、環那はどうしても思えなかった。



「どちらも変わらない。こうして千与様は失われ、私は私を失うのだから」


「赤楝、君はまだ自分を失っていない」


「本当にそう思うか、環那。私は今、生まれてこの方で一番気分が良いと言っても過言ではない」



ひたり。
ひたり。
滴っていたはずの血が止まる。
心臓を突き刺しているように見えた刀傷が、ここでようやく僅かにずれていたことを悟った。
そして―――心臓近くの傷と、赤楝の喉の傷が癒えていることも。



「今まで感じていた痛みも、心の重みも、自己否定の気持ちも消え失せた……。今の私は、前の私ではない。前よりも強くなった。力を手に入れた。本物の妖になった」


「“本物の妖になった”……?」



人でもなく、妖でもない。
不純物を含んだ生き物は、その場を一歩―――踏み出した。


たちまち時を待っていたかのように、地から黒光りする鱗が螺旋を巻きながら赤楝を囲い込む。
黒の中に赤が混ざる。
反射してきらきらと鈍い輝きを増すそれに、環那はついに燈紫火の柄に触れた。



「下がれッッ!」




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