紫電清霜

□06. 信友
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腰にさげた刀の重さをずっしりと感じる。
重量的に重たいということではない。この刃を抜き、切っ先を向けなければならない相手との戦闘を思い心が重たくなっているからだ。


「茜凪、お前に嘘をついたことは悪いと思ってる」


口をついた言葉は、嘘偽りない。
だが、背中を伝う冷や汗は止まることはなかった。


幾度となく組手をしたことはあった。修行として刃を交えることもあった。
だけど茜凪が俺に対して、こんなに殺気を丸出しにしたことは……ない。
そんな中で命をかけて戦わなければならない状況に、不安がないわけじゃない。


「でも俺は、間違ったことはしていない」


それでも、俺は俺の矜持にかけて一から受け取った思いを貫き守りたい。
悩んだが、一の願いを聞き入れると決めたのは他の誰でもなく俺の選択だからだ。


「……ッ、それは人と関わるなという、妖界の習わしに従うべきだからですか……!?」


「違う」


俺の言葉を聞き届けて、茜凪の顔が歪む。
どうして、と。


「俺は、俺が正しいと思う選択をした」


「―――」


「その選択を信じてる」


鞘から柄を滑らせて、白刃を抜刀した。
現れた刃紋を美しいと感じる。
この刃に、茜凪の血を吸わせるのかと思うと……僅かな恐怖が生まれる。


本当に後悔しないか?
もう一人の自分が尋ねてきた。


「ったく、ほんと女々しいな」


茜凪や他の奴らに聞こえない程度に吐き捨てた。
俺自身を嘲笑し、構えた茜凪を真っ直ぐ捉える。


「なら、貴方が選択した答えを教えてください」


相棒とも呼べる女の瞳が、意識的にか、無意識にかわからないが翡翠から茜色に変わる。
滅多に見れないその色も、刃紋と同じように美しいと感じた。


「答えによっては、私は貴方を許しません」


だろうな。と心で返事をする。


腰を低くし、どこから来ても受け止められるように注意を払った。
凄まじい殺気に巻き込まれた狛神と子春は、おそらく動けないだろう。


それでいい。
これは、俺と茜凪の戦いだ。


例え天狗と狐がまた犬猿の仲だと長い歴史で謳われても、構わない。
俺にも、茜凪にも譲れないものがあっただけだ。


【 俺は茜凪を好いている 】


そう言ってくれた、一の顔を拭うことができなかった。
あいつが苦しそうなのに、寂しそうなのに。
俺が辛いという理由で折れるわけにはいかない。


お互いに呼吸を浅くし、茜凪と俺は同時に踏み切った。





第六華
信友




烏丸と茜凪の刃がぶつかり合う。
妖力の込められた本気の火力に、一面に砂埃が舞い始めた。
外部から戦いを見ている狛神と子春からは、砂埃の内側にいる烏丸と茜凪の姿は捉えられないだろう。


茜凪の一打を受け止めることで開始されたど派手な喧嘩は、烏丸に不利だとすぐに理解させた。


詩織戦で憎悪という感情に覚醒し始めた茜凪は、心の中にある黒い感情の制御がうまくできていない。
烏丸の偽りは、彼女にそれだけの傷を与えたのだ。
自覚をしていただけあって、本当の意味で命を懸ける覚悟があった烏丸は、すぐに天狗の姿に獣化する。


「(一太刀がこんなに重いなんて……ッ、別人じゃねぇか!!)」


ぎりぎりで押し返し、黒い翼に包まれ姿を変える烏丸。
踵を蹴って空中に飛び上がり、羽を鋭く硬化させ茜凪のいる位置に投げつける。
が、茜凪の戦闘力は桁違いだ。
ここまで溢れ出ている殺気という名の妖力は、妖としての器の違いを見せつけている。
素早く回避されたかと思えば、自慢の脚力で空中にいる烏丸に追いついてきてみせた。


「説明してくださいッ!」


「ぐ……ッ、……!」


軽々と動く茜凪は簡単に喋りながらまた重たい一太刀を浴びせてくる。
烏丸が受けるのをやめ、柔軟な身のこなしで交わし、翼を活用しながら妖術と剣術で茜凪に対抗する。
恐ろしいのは、影法師の呪いは解いていないにも関わらず、高等な妖術まで繰り出そうとしている点だ。
剣術だけなら体格差でまだ凌げる。が、妖力の強い術を打ち破れるかは大いに不安だ。


「どうして私を新選組から……ッ!」


「う……ッ」


話をする余裕は、烏丸にはない。
未だに空中戦が続くが、茜凪は飛べない。
咄嗟の機転であえて低空飛行で速度をあげて、彼女から距離をとる。


一度地面に戻った茜凪はそのまま、脚力だけで烏丸を追いかけてくるから恐ろしい。


「貴方の答えは何なんですか!?新選組の近くに妖の羅刹が現れたら誰が彼らを守るの……!!?」


「子春の部隊がついてる!!お前がわざわざ守らんでも何とかなるんだよッッ」


「なら、私の役目は!?この里へ軟禁されるために来たわけじゃない!!」


「ならお前は、京に残っていたとしてどうしたんだ……ッ」



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