紫電清霜

□17. 共闘
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俊足で森の中を駆ける猫の大男たちに抱えられ、赤楝は恐怖を感じていた。
手がぶるぶると震えてしまい、どうしてもうまく抵抗ができない。
道場の敷地内では抵抗をしていたものの、全く歯が立たなかったこともあり、既に半ば諦めかけていた。


「(大丈夫……爛が師範に伝えたら見つけてくれる、きっと……!)」


強く目を瞑れば、目尻から雫が溢れた。
悲しいわけでもない。苦しいわけでもない。
ただただ、無力であることが悔しい。


「そーいや、もう一人のガキは妖力が強そうだったな。そっちを連れてきた方がよかったんじゃねーの?」


駆けながら男の一人が告げる。


「どうせ試すならこんな妖力皆無のガキより、強いやつのがいいじゃねーか」


「たしかに。よかったのか、お頭」


「一人仲間を置いてきたんだ。連れてくるだろうさ」


「そりゃそうだろうけど、喜重郎が相手になったら一人じゃ不安だな」


「喜重郎は人里に下りて情報収集をしているはずだ。まだ戻るには早すぎる」


敵の狙いができるだけ多くの人を攫ってくることだというのは理解できた。
そのうちの一人に抜擢されてしまった赤楝は、耳を澄まして話を聞き入ることしかできない。


「弟子に喜重郎と同格がいれば話は別だがな」


恐らくこの仲間内で一番権力を持っている男が、馬鹿にしたように笑う。
喜重郎と同格の弟子なんて有り得ないという確信を持っているようだ。


「にしても、お前」


「!」


「本当に妖か?全く妖力を感じねぇぞ。姓はなんだ」


抱えた男に話しかけられた赤楝は、凄んで睨みつけるが効果はないらしい。
相手からすれば赤楝の視線は、怯えた者が強がっているような態度に見えたようで小馬鹿にする空気も出ていた。


「口が塞がってるから答えられねぇか」


「本当は人間だったりしてな!」


「まさか!あの喜重郎が弟子にとるんだぜ、もし人間なんだったら気付くだろ。そこまで馬鹿じゃねぇさ」


「つまるところ、なんだ。お前はあの道場じゃ落ちこぼれなわけだ?」


「……っ」


猫たちは赤楝を真正面から馬鹿にした。
彼が日々悩み、積み上がっていく不安をぶつけてくる。


「妖でこんなに妖力を感じないなんて、初めてじゃねぇか!?もやは人と同じだな!」


「妖のくせに人と同等か。死んだ方がマシだな」


「ならその命、変若水の実験に貢献してもらうとしよう」


「……―――!」


猫たちの瞳の奥が、赤く濁る。
綺麗な茜色ではない。鮮やかな赤でもない。
血が混ざったような、苦しみを訴える色だった。


赤楝は悟る。
なにか危ないことに巻き込まれる、と。
それは現在の妖界に起きている、不穏な争いの根幹に大きく関わるものである、と。


「(爛……っ、師範……)」


また涙が零れる。
死を覚悟するしかないのかもしれないと。


「(環那……)」


思い返される、艶やかな舞い。
青い炎に包まれた、白狐と呼ばれる男。
あんな風になりたい、といつからか思うようになった。
憧れを抱く友に、もう会えないかもしれないと思った。


その時だった。


「赤楝ッ!!」


「―――!」


期待を裏切るという言葉を知らないかのように、見知った声が届く。
空中から軍に飛び込むように、青い炎の塊が赤楝たちに突っ込んできた。


「何……ッ!?」


「追手か!?」


繰り出された青い炎は刀身を纏い、猫たちを次々に攻撃していく。
木々に阻まれた森の中で太刀を振り回すのは多少しんどいところがあるのだが、物ともしない剣さばき。
こんな技が出来る者を、赤楝は喜重郎とこの男しか知らなかった。
口に当てられていた布をなんとか力づくで引き剥がして叫ぶ。


「環那ッッ!!」


ついに追いついた環那が、赤楝を奪還するために茜色の瞳に強さを宿していた。





第十七華
共闘





「くそ……っ、どっちに行きやがった……!」


赤楝と環那が再会した頃。
爛本人は無理をしたと思っていないが、身体的にはかなりの無理をして彼らを追いかけていた。


頭はまだふらふらするし、夜目は利くといっても障害物を避けるために速度がいつもより上がらない。
今度から森の中を低空飛行する訓練も修行に取り入れようと決めた爛は、感覚を研ぎ澄まして環那と赤楝がいるであろう方向を探し続けた。




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