PLAYERSU

□海常高校の黄瀬涼太
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立ち止まったまま、タオルで汗を拭きながら軽く息の上がっている彼に、少し離れた場所から声をかけた。


「……あなた、いつもここ、走ってますよね」

「………え?あ、まぁ、オフの日はだいたい走ってるっスよ。………って、誰っスかあんた」

「えと、いきなりごめんなさい。あたしは神崎みくっていいます。すぐそこに住んでるんだけど、あなた、黄瀬涼太くんでしょう?モデルの」


「そっスよ。もしかして、ファンのコか何かっスか?」


慣れたような受け答え。こんなことは日常茶飯事なんじゃないかと思わせるような感じだった。

さらに表だけの申し訳なさそうな顔をして、"ロードワーク中なんでサインとかはお断りっスけど"なんて言う。


正直なところ、少しだけイラッとしてしまった。

この人は、自分に話しかけてくる女がみんながみんな自分のファンだとでも思っているのだろうか。

わたしもそれに当てはまりそうで、実はそうではない。

でも、こんなふうに頑張っている姿を見て尊敬した、という意味では間違っていないかもしれない。



「あたしは、別にあなたのファンとか…そういうのじゃないんです」

「あれ、そーなんスか?じゃあ何で…」


キョトンとした表情をあたしに向ける黄瀬くん。

正直な気持ちをいきなり伝えることは少し気が引けたけど、でもそれを言わないと何のためにここに来たのかわからなくなりそうで。

一瞬躊躇いの意を込めて目をそらしたけど、すぐにちゃんと視線を戻して言った。



「よく走ってるの、見てたから…。ただ、頑張ってねって…伝えたかっただけ…って言ったら変?」


「……へっ!?全っ然変じゃないっスよ!むしろ、そんなこと言われたの初めてだし…」



驚いているのか、うれしいのかよくわからない表情を見せているが、なんとなく照れているようにも見えた。


現に"なんか照れるな…"とぽつりと呟いていた。


「で、神崎サンはそれを俺に言うためにわざわざ来てくれた…ってことっスよね?」


「う、うん…そうなる」



「ありがとう!」


はしゃぐようなまぶしい笑顔。その笑顔に不覚にも魅せられた自分がいた。

ファンじゃないとは言ったけど、今のでファンになるのには十分すぎるくらいの衝撃だった。


それは、モデルとしての黄瀬くんに惹かれたわけではなくて、黄瀬涼太っていう人そのものに惹かれた、というのが正しいだろう。

だから、ファンという言い方はおかしいかもしれない。

ファンになる、というより…もっと別の、こころの底から惹かれる思いがあった。





「んじゃ、俺はそろそろ再開するっスわ」

「うん、それじゃあね」


そう言うと、また走り出した黄瀬くん。

その後ろ姿を見つめていたら、急に黄瀬くんが立ち止まって振り返った。


「?」


「俺、そこの、海常高校でバスケしてるから。俺がプレーしてるとこも、見て欲しい」


そんなことを言われるなんて思っていなくて、どう返していいかわからなくなる。



その様子を見た黄瀬くんは、

「いきなりこんなこと言われても困るっスよね。でもなんていうか…」


すると、さっきみたいな笑顔を見せて、あたしの視線を捉えた。


「試合のときも神崎サンに頑張ってって言ってもらえたらなんかマジで頑張れそうな気がするんス。ファンのコはいっつも同じようなこと言ってもらえるんスけど。君はちょっと別かな。だから」


あたしの言葉を待たずに最後に一言付け加えた。


「また俺に会いに来て」


その言葉だけやけに夢の中にいるような感覚で聞こえた。運命なんてまるで信じていなかったのに、今初めて、それを信じてもいいのかなんて思った。



あたしが笑顔で頷いたのを確認すると、また前を向いて走り出した。


モデルの黄瀬涼太じゃなくて、海常高校の黄瀬涼太、か。






この何日か後にあたしはすぐに黄瀬くんのプレーしてる姿を見に行った。


見に行ったとき、黄瀬くんはあたしに一番に気がついてくれた。もちろん、あたしも彼に"頑張って!"と伝えた。この言葉を、あたしの言葉を、待っていてくれたのだから。



実はもう1つ、黄瀬くんには伝えたいことがあった。けれどそれを言うにはまだ早い。


でも、お互いに惹かれ合っていることは言葉にしなくたって気がついていたから。



この想いを伝えるのは、きっとそう遠くはない。










end.
12/12/28
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