PLAYERSU
□初めての敗北
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初めて、君の泣き顔を見た。
12月。ウィンターカップの決勝戦。
赤司くん率いる洛山高校は、東京の誠凛高校に、全力を出し切ってそれでも勝てなかった。
コート上で泣いた君をわたしは、観客席から見ることしかできなかった。
赤司くんとは、中学からの付き合いだが、彼が突然別人のようになってしまう前から、彼のことを知ってた。
それでも、立ち振る舞いは依然として変わらないし、勝ち続ける赤司くんが好きだったから、特になんの抵抗もなくそのことを受け入れられた。
でも、今日はわたしは初めて、赤司くんが負けるところを見た。
わたしは彼に、どんな言葉をかけてあげればいいのだろうか。
ただでさえ遠距離。連絡はまめにとっていたけど、会うのだって久しぶり。
試合が終わり、挨拶をして、一旦落ち着いてから、表彰式が執り行われる。
観客席から見ていた他の学校の選手たちも、続々とアリーナへと向かっていく。
わたしは、その場で表彰式の様子を見ていた。
洛山高校は、準優勝。2位。
赤司くんが、“1位じゃない“。
そのことに対する違和感に、わたしは自分自身で対処できていなかった。
勝ち続けている彼が好きだった。2位であることをどう受け止めてあげればいいのかわからない。
その場にいるのがつらくて、わたしはそっと観客席を抜け、下に降りてロビーへ向かった。
出口の近くまで来たとき、不意に、手をとられる。
!?
温かくて、少し汗ばんだ手のひら。
「みく」
「あ…かしくん?表彰式は…?」
「客席にいたお前の様子が気になってね。抜けてきた」
その顔は、泣いた後の顔。初めて見る顔。
「勝てなくて……すまなかった」
「!!」
核心をついた言葉だった。
「すまなかったって…赤司くん、本気で言ってるの…」
「ああ。俺“たち“はすべてを出し尽くして戦った。それで負けたんだ。言い訳の一つも出やしないさ」
だから、とさらに続ける赤司くん。
「2位である俺には、もう、お前を引き留めておける資格なんて、ないのかもしれないな」
わたしは、以前にも、赤司くんの勝った姿が好きだと、言い続けてた。だから、彼はそんなことを言ったのかもしれない。
たしかに理にかなってる。でも、そういうのじゃないんだって、心ではわかっていた。
「……じゃあ、なんで今、わたしのところに来てくれたの」
赤司くんともあろう人が大事な表彰式すっぽかして。引きとめる資格なんてないとか言いながら、わたしのところに来るなんて。
でも、そんな問いに赤司くんはさらっと答えた。
「久しぶりに会えた彼女の、あんな表情を見たら、誰だって気にかかるよ」
「そんなにわたし、つらい表情してた?」
「ああ。少なくとも、俺にはわかる」
「そっか、赤司くんには、なんでもわかっちゃうんだね…」
うれしかった。
赤司くんが、そんな中でわたしのことを気にかけてくれていたこと。
今までずっと好きだった赤司くん。
たしかに、勝ち続ける彼のことが好きだとは言った。それは変わらない。
けれど、それよりも、もっと大切なことがあるとわかっていた。勝つことよりも、大切なこと。
わたしも、きっと赤司くんも、負けたことでそれを理解したのかもしれない。
「ねえ、2位である自分には引き止める資格なんてないって、言ったよねさっき」
「ああ」
「わたしが、もうどこかいっちゃうと思った?元々遠距離だから…赤司くんなんてもう知らないって、こっちで違う人と付き合っちゃうんじゃないかって、思った?」
「……俺は、それでも構わないと思った」
優しい眼差しをしていたが、それこそどこかつらそうにしていて、強がりも、いいところだった。
「…今日の赤司くん、嘘つくの下手くそ……」
「……」
本当は、引き留めておきたいくせに。
こんな風に考えるのは自惚れてる思う。
だけど、赤司くんがわたしを引き留めておきたいと思うくらいには、わたしだって赤司くんと、離れたくないって、思っているから。
「わたしは、赤司くんじゃない人と付き合うなんて、考えたことないし、考えたくもないよ…」
「みく…」
「1位じゃなくなったから付き合うのやめるとか、そんなちっぽけな気持ちじゃないの。勝っても、負けても、そばにいてあげたいの、本当は」
力強くそういうと、赤司くんは驚いたように、また、少し嬉しそうな穏やかな微笑みを見せた。
その顔が、昔からずっと好きで。もうすぐ付き合って3年くらいになるけれど、その顔を見せられると、たまらなく、ドキドキする。
「みくからそう言ってもらえるなんて、うれしい」
「告白したときくらい恥ずかしい……」
「さっきは、嘘をついた。すまない。俺だって本当は、誰にも渡したくないさ。離れたくない…」
その言葉が、欲しかった。
わたしは、思わずそこで泣いてしまった。
わたしだって、赤司くんが負けて悔しい。でも、さっき赤司くんが言ったけど、全て、出し尽くした上での負けだった。
だからきっと、彼の涙も、これからまた強くなるための糧になる。
ぽんぽん、と頭を撫で付ける赤司くん。
その手は久しぶりで、でもいつもと変わらない赤司くんのはずなのに、付き合い始めたときの赤司くんを思い出した。
「赤司くん…ありがと」
涙を拭いて笑いかけると、彼は言った。
「俺の方こそ、ありがとう」
end.