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□separate  決行  B〜
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悪びれる様子もなく、カツカツと、やや高めのヒ−ルが一歩進み出る度に床を鳴らす。誘われて晩餐会へ出席した時のス−ツでも、初対面の道化師姿でもなかった。私は、ファッションには興味は無いが、どう見ても故意に擦り切れる加工を施したデニムに白のペンキをたっぷりと含ませたブラシを振り下ろしたら、こんなふうに着くのだろうか?と想像させられるボトム。上は七分袖のプレ−ンなTシャツに同じ生地で出来たボレロを羽織っている。ヒソカの私服を何度も見た訳では無いが、その白がこの部屋ではあまりにハッキリと存在を際立たせていて、なぜか、安心感さえ覚えた。
 そのシャツから出た隆々とした両腕が、今、私を包んでいる。

「無事だった・・。まぁ君のことだ、上手くやるとは思っていたけれど・・でも防音室に監禁は良くないよね?婦人も、趣味が良すぎだ。ボクが、言ってやったんだよ。譲った訳じゃ無いから。レンタルなのに、動けなくしないでねって。どうせなら、綺麗なクラピカを連れて外を出歩きませんか?って・・。婦人に意見する人間なんていないから、思ったよりも素直に従ってくれたね?」

 いたずらっぽく私の頭を撫でまわす。耳の後ろから差し込んだ大きな手が動く度に、緊張がほぐれていくのがわかる。

「レンタルだと?」

 気に障ったその一点を追及すると、意外な答えが帰って来た。

「うん。そうだよ。君が必死に探しているモノと引き換えに、クラピカ、キミ自身を商品にして・・・。期限になったから迎えに来てみれば、なんだか別人みたいな呼ばれ様。ボクはボクの大事にしているモノが、粗雑に扱われたんだと解釈し、裁いた。ボクの基準でね。帰ろう。ここには何も無い」

 これだけのコレクションを目の前に「何も無い」と断言するヒソカ。興味が無いということだ。しかも今の話を信じれば、今はヒソカが所有しているということになる。私にもここに留まる理由は消えた。
 両手で力任せに胸を押した。やや抵抗を感じたが、やがてゆるゆるとヒソカの腕がほどかれ、私は自由になった。


 暗く冷えたコレクションル−ムの階段の下には、何が有るのか確かめることをしなかった。
おそらく、婦人の惨殺死体が転がっているだけだ。
 私は、今はヒソカに気に入られている。味方だとも思うし、私への興味があるうちは殺されはしないだろう。だが、それにも期限がある。それは1年後かもしれないし、明日かも知れない。もしかしたら、この館を出た瞬間にそれが訪れるかも知れないのだ。敵にまわせば私など、力の差は歴然。

 味方のうちは、多少の報酬として、身体で払ってもかまわない。目標を達成するには、お互いの情報交換も必要だ。ヒソカの場合、ベッドで喋る話しに嘘がないことが分かった。








 白髪紳士の肖像画をスライドさせ、ロビ−に出る。すぐに外へ出ようとするヒソカに、すぐ戻ると言い残し、上着を取りにあがった。

         思い出した。Curarpikt 私の名前だ。


 上着を羽織り、階下へ降りる。ふと、ロビ−の肖像画の指を睨みつけていた。
 左手薬指の紋章の指輪、あれは盗品だ。Cの文字の頭にはアレキサンドライトがはめ込まれている。下地の金には翼竜が彫られている。肌が触れるリングの内側にはびっしりと古代文字が並んでいるのだ。正式な所有者は、ただ独り生き残りの王、私なのだから。
 予定されていた戴冠式を目前に旅団の奇襲に遭った。クルタとして成人することなく、今に至る。領地も無く、民も家臣さえも・・。不意に【鞘】という言葉が頭に浮かび、激しい頭痛に襲われる。

 待ち構えていたヒソカに半ば持たれかかる。

「いろんな薬が切れていくところなんだろうね?」

 恐ろしく優しく抱えられ、正面に堂々と停めていたRV車のドアを開け、シ−トに降ろされた。
 
 




 外出の度、車窓から見慣れてしまったシンメトリ−な花壇。今は、手入れをする庭師も暇をもらったか?剥製にされたらしい。枯れてしまった薔薇の枝が風に吹かれ、どの花壇からも同じ方向に傾いている。それは止むとしだれ、まるで、おいでおいでと手招きをしている様だった。

「だれがっ・・!」

思わず漏れた言葉は、激しい怒りに満ちていた。

 運転席から右手が伸び、私の頭を撫でる。

「興奮するのも一つの症状だよ。薬が切れる時って、人によっては幻覚が見えたり、幻聴があったりするらしい。それが収まってしまえば、こんどはひたすら眠くなる。まぁ、人間の本能として、身体の中身がバイキンと戦っている時は、安静にしておくっていうのは、ごく自然な事だよ。少し、寝るといい。ボクは助手席の相棒が寝てしまっ!!」

 言い終える前に、急停車した。私はヒソカが頭を撫でていなければ、そのままフロントガラスを突き破っていたに違いない。

 飛び降りると表現するしか言葉を知らない。

 フロントガラス越しに私から見えるのは、ヒソカの背中。そして、およそ20m先に立っている、おそらく、人影。
 「ビシッ!」音をたててヒソカが円を張る。車ごと円の範囲に入り、私はヒソカのシ−ルドで護られる。私自身、生身ではヒソカの円の中には居られない。耳を刺すような、この中のモノはすべて滅菌されてしまうのではないか?と思わせるような緊迫感が苦手だ。私も私自身を護る為に、纏を行う。もっと省エネモ−ドの絶にしようかとも思ったが、前方で今から行われるやりとりのほうに興味があった。
 同時に、私は、何か・・・・安らげる個室の様な円が存在したことを思い出していた。その中は、高濃度の酸素カプセルの様で、短時間で回復することが出来たし、休みたいだけ好きな時に呼び出せた。たしか・・・私が「もう要らない」と言わなければ、延々存在するのだ。さらに思い出した。それは一世を風靡したロ−リングの著書の代表作の中で「必要の部屋」という、要る時にだけ存在する隠し部屋をヒントにしたものだった。
 耳が痛い。ヒソカが苛立っているのだ。彼の円は、彼の気分をそのまま反映する。キ−ンという音が頭のなかで次第に大きく鳴り響く。外のやり取りは聞こえない。

 自分が、どれだけ狡い人間なのか、こんな時によくわかるというものだ。ヒソカの円に護られながらも、その、裸で寝ても大丈夫な、安らげる空間を欲する。何と呼べば良かったのだろうか?考えろ、思い出せ! 










「これはこれは・・・確か、手合せするのは2度目かな?あの時はクラピカとセットだったから、ボクのバンジ−ガムを凍らせる事が出来たけれど、独りだと、どうだろうね?」

 目の前の男は真っ黒だった。よく見えないが、Vネックみたいな長袖の、身体にぴったりしたシャツに鳶職みたいな太ももの広がったでも脹脛から足首はキュッと細くなったパンツを履いている。足元は直足袋。親指を独立させることで、足元の安定感が増すと聞いたことがある。額には長手拭いを鉢巻のように結び、そのすぐ下からは鷹のような眼がこちらを睨みつけている。小柄な男だが、たしか・・忍者崩れで、技が細かかった。将棋を得意とし、およそ7手先までの早詠み。クラピカとはアイコンタクトで会話が成立する。だったら、クラピカには見せなければいい。声なんか聴かせなければいい。今、所有しているのはボク。アンタじゃない。
 だいたい、クラピカは、アンタの事なんて忘れたはず。たくさんの思い出を婦人に差し出した筈だ。それは自分にとってあまり大事じゃないほうから手放す。たぶん、アンタが思っているよりも、クラピカはボク寄りだよ。

「俺のピカを返せっ!」

 ボクの神経を逆なでする、充分な言葉だ。スイッチが入った。それまで様子見と決めていた均衡を言葉が破る。

「裁くっ」

 ボクの基準で。アンタは要らない。

 ヒュッヒュッとカ−ドを4枚投げたが、逆手に構えたナイフのような金属に跳ね返される。最後の1枚は少し手首をかすったものの、2つに裂かれ散る。ヤツは一歩も引かない。

 目の端でクラピカを捉える。ボクの円の中のキミはボクに護られているのに、頭が痛そうだ。車から出ようとしているけれど、ボクが念のロックを掛けている。開かないよ。さっさと終わらせてあげる。ボクの基準では、ヤツは要らない!
 
 すごい考えがひらめいた。

 車のロックを解除すると、同時にクラピカが転がり落ちた。ボクの懐から、ずっと欲しがっていた指輪を出してクラピカに渡そう・・。そうだ。もっとドラマチックに、できるだけヤツの目の前で、薬指にはめてしまおう。ヤツはどんな顔をするだろう?指輪の事は、ヤツは知らない。ボクの事を好きだとヤツの前で・・・クラピカ自身が選べばいい。何もボクとヤツが戦わなくても済む話だ。









「ピカッ!?」

 俺は、他にかける言葉を知らない。なぜなら、リバ−スしたままブチ切られたのだ。今は師弟関係ではなく、剣と鞘の関係に成る。光と影の関係。呼ばれればどこまでも追って行き、どんな状態だろうが、ピカが欲しいと言う技を繰り出す。もちろん、我、主に傷の一つも負わせるわけにはいかない。自分の心臓が動きを止めるまで、ピカがリバ−スを解除する呪文を口にするまでこれは続く。

 駆け寄る俺をヒソカが遮る。

 軽々とクラピカを脇に抱え、こちらに向き直る。金色の目がギラリと光った。

「意味の無い戦いはやめておく・・・選ぶのはクラピカだ」

 ヒソカは言い終わると、後ろから回した腕の角度を変え、ピカの顔をやや上を向かせた。そして、俺の目の前で、長いキスをしやがった。
 ピカは酒でも飲ませられたのだろう〜ほとんど無抵抗だった。俺は、頭に血が登っていくのをじわじわと感じる。だが、ピカから目がはなせない。ちょっとした仕草、アイコンタクト、それとも直接、発言での命令がくだるかも知れないのだ・・。

 ヒソカがピカにかけている手をほどく。ふらつきながらも、何とか自立できている。薄っすらとした纏。不安定な赤紫のオ−ラがピカの肌のそばでゆらゆらと揺れている。弱そうに見せかけて、傍に寄ると、いきなり右手の鎖が鎌首をもちあげる・・・を何度も経験した。もしくは、華麗なる回し蹴りを食らったことも、数回。「見た目で判断しないことだ」決まって、上からの冷たい物言いで捨て置かれる。それでも、どうしようもない時は、ギリギリで呼ばれるのだ。


 ヒソカが懐から何かを出した。(指輪?)
俺の目の前で、それを俺のピカにはめるらしい・・・。
(受け取るもんか!?一撃してやれ!ピカッ)
力なく、差し出した左手の、薬指に・・・(差し出すんかぃ?)
(おいおいおいおい)

 ガッカリだ。どんな茶番よりも、ドン引きだ。怒りよりも悲しみの量が増す。(どうした?ピカ?訳を話せ)

 ヒュッ

 スロ−モ−ションのように、目の前にゆっくりとカ−ドが
飛んでくる。わかっているのに、俺はとうとう避けられなかった。それもそのはず、俺の耳が、欲しかった凛とした王の声を聴いたのだ。

 胸にカ−ドが突き刺さる。痛みは感じない。

 もはや、ヒソカの存在はどうでもいい。命令に従うだけだ。








   



      「黒の円が欲しい」








 separate 決行B  影編


訳を知りたい
何故?ヒソカと?
その指輪は何だ?


エゴと独占欲と
取り戻したい
離れていた時間


一言でそれは消し飛んだ


「黒の円が欲しい」


必要とされている
認められた
役に立っている


嫉妬や怒りや寂しさから
解放され
俺は喜んで発動した






つづく







あとがき



 思い出しました。クラピカ。

 どんな時も、最優先に発動される「黒の円」

 次回、最終回です。

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