長編   隠者の書

□隠者の書「序」密書
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ピッ!

「あ。生きてたの。通話とは珍しいね。何、急ぎ?」
「イルミ。相談があるのだが・・」
「めっずらしい。何、明日、巨大隕石でも墜ちて来るの?」
「・・・長龍を伴って、東ゴルド−からいつ戻られる?」
「じっちゃんのこと?それともオヤジ?」
「お二人で行かれたか」
「話しが見えないんだけど。キミの喋り」
「・・・会えないか?」
「こちらから日時を指定する。いいかな」
「了解した」
「じゃ、あ、そうそう。ヒソカにも声を聞かせてやりなよ」
それには応えず、通話を終了した。











     うつくしく 清き思ひ出とどめおかむ
       願いを持ちて 今をすごせよ







【The Hermit's own handwriting 】







「クラピカ、もう、いいかげんにしましょう。睡眠をとらないと、目に良くないわ・・」

 約束の10日を半日オ−バ−してクラピカと二人の参謀が帰ってきた。クラピカは運ばれて・・と言った方が正確だろうか。クロロはシャルに、制裁を加えた。団員は、人が変わったような団長、と表現していた。心音は、恐ろしいほどの怒りの鼓動だった。シャルは「何があったか?」のクロロの質問に最後まで口を割らなかった。フェイと共に、まさか私が拷問を担当するとは思いもしなかった。これぐらいでめげていては、次に進めない!これは仕事と割り切って、言われるままに聴いた。

 問題は、クラピカの方に重く圧し掛かっているようだった。ネオンの下では、あれほど占いを毛嫌いしていたのに、
今、彼の日課は、タロット占いなのだから・・・。たしかに。隠者のカ−ドが存在する。だが、正位と逆位の解釈が存在し、クラピカの思考はどうやら「経験則、高尚な助言、単独行動、秘匿」といった正よりも「閉鎖性、陰湿、邪推」という逆の方に向いているのだ。真面目で緻密、コツコツと調べ物をし、作戦を立てていくクラピカは好きだが、どうしても今のクラピカは違うと思うのだ。

 もしかして、レオリオ君に会えたのかしら?本人が言わないのだから、相手に確認するしかないだろう・・。近況報告でいい。思い切って掛けてみることにした。


「レオリオ君?」
「センリツか?」
「今、いいかしら?」
「・・・少しならいいぜ」
  おや?歯切れが悪い
「最近、何か変わった事は無かったかしら?」
「・・・特に、何も・・専門職をそろそろ決める段階だから
解剖実習とレポ−ト攻めにあっているぐらいだなぁ〜」
「大変ね?」
「おれだけじゃ無いからなっ」
  ハハッ・・と乾いた笑い声だ。
「センリツ、あなたのほうは?」
「ありがとう。毎日、楽しいとは言えないけれど、嵐の前の静けさって感じだわ」
「!何かするのかっ!」
  食いついた。
「言えないわ」
「そうか・・無理するな!そう、伝えてくれ。センリツ、あなたも」
「ありがとう〜じゃ、切るわネッ?」

  こちらが切るまでボタンの音がしなかった。レオリオ君は、初めて一度もクラピカの名を呼ばなかった。





  別れて来たのだ
  
 おそらく、直接、二人だけで会えたり、会話したり、そんな感じではない。表現しにくい形でのコンタクトだったのだろう・・。






 クラピカの心を初めて知った。








遥か遠くの山奥では、連日、小竜が、のた打ち回って大泣きしている。雨ばかりが続いていた。








「クロロ。ひとあし早いが、こちらは出る」

誰が何を言っても、決めた事だ、と、眼が言っている。
すれ違いざまに、クラピカはオレにだけ聴こえる声で、

「お前が、最後の一人までキチンと殺さなかったのが悪い」

と、呟いた。






 サトツは本部の自室の保管庫から、シャドウから手渡された密書を慎重に取り出した。白い手袋をし、【纏】により、包装を開封する。
(これは、また・・・)
そこには今は珍しい羊皮紙に、これ以上無いであろう美しい古代文字が整然と配列していた。中央にはおそらく、クルタの紋章?あるいはクラピカ自身を示す固有の文様と、Cの文字、サトツは、これを自分に託されたことに感動した。
 文字は中心より反時計回りに外へ向けて読んでいくのだ。

『祖先である民族は、言の葉の力を信じ、文字よりも口での伝承を重んじた。この為、国には古来から、夕食が済むと家族や近所の人々が集まり順繰りに神話や民話を語り合うという伝統がある。人々はより魅力的な語り部と成るべく想像力や記憶力そして表現を研ぎ澄まし親から子へそしてそのまた子へと物語を語り継いできた。』
 
 物語かエッセイのような文面から始まった。

『遊牧や、移動に、書物を抱え込むよりもその方が都合が良かったのだ。それに相反して、他民族との外交の手段としての文字は部族の高位においては重要視された。私は人々の希望の光となり現人神となった。』

 なんと。

『緋の眼という固有の虹彩の変色現象によって、実際は、外交とは程遠い事件が多発する。彼らは我らを「ウサギ」とひとくくりに呼んだ。逃避行が始まる。言の葉の表現力とは相反する感情の抑制を幼少より叩き込まれるのだ。おとな達の考えは大きく二つに分かれ、部族内でも派閥が出来る。生まれてすぐに「仕分け」という選別作業まで行われる時期が来る。より美しい緋色の発色を残したいという願いだったのか?格付けが行われていく。全く、本人の意思は反映されない。緋色の発色の悪い子どもが外に出されていく。逆に山中に入ってきた若者を部内に引き入れた。新しい血を求めて。
部内での分裂が起こる。移動の際の安全な方角を間違った伝達が走った。一斉に多量のウサギが世に出回り、緋の眼のブ−ムが来る。とどめに、旅団の奇襲。それからは、貴方の知るとおりの有様です』

 よく、ここまで調べたものだ。事実のみを正確に。36名の犠牲によりただ一人残されたクラピカの壮絶な数年が淡々と綴られていた。

『火の神、水の神、山の神、海の神、風の神、草木に至るまで、八百万の神が在るとする日本の伝統的な考えはクルタのそれと似ている。以外にも、古典の歌や暗号ごっこは楽しいものだった。語り継ぐという血が私にも流れているからだろうか。』

 ここから、シャドウについて言及する。

『私などの為だけの限定の念という愚かな設定をしてしまったシャドウは、どうするというのだろうか。出来れば、共に在りたいと願うのは強欲でしょうか。せめて、シャドウに贈りたい』

 これこそが【隠者の書】ではないのか?抱え込んだものの大きさを思い知った。

『あらゆるデ−タをシ−クレットに。サトツさん、貴方がこれを読んだ後は貴方自身で焼却処分をお願いします。本来ならば対面にて、内内にしたかった話です。ご理解ください 』

 心が震えた。これこそ歴史に残すべき文章ではないだろうか?いや、本人の願いだ。叶えてやるさ。
 彼は、今、何処に居るのだろう?そして望みを叶える為には、それなりのメンバ−を極秘裏に揃えなければならない。

 サトツは、この、裏の仕事に取り掛かった。

大ぶりの灰皿の中で、羊皮紙が、火を拒むように踊る。クラピカ本人が、火あぶりの刑に処せられている姿に見えた。

この師弟をマッチングしたネテロ会長の考えは正しかった。そして、ここまで慕われるシャドウを羨ましく思えた。
 









手首をつかまれ、壁に押し付けられる。


「くっ・・」

お互いに念は使わない。
この体格差はどうしようもない。


(だれか・・たすけ・・)

無理だ。ここでは誰もクロロに刃向かわない。
下手に、誰かに見られても恥だ。
しかたなく、押し付けられた形になった。
一瞬の油断を突かれた。
常にシャドウを伴っていたが、
独りの時を狙われれば、こうなるということだ。
恐怖で体温が下がるのがわかる。

そうしている間にも、何の遠慮もなく舌を入れてくる。
私はただ、時間が過ぎるのを待つ。
無言のまま、だが、私に何かを伝えようとしている。
クロロの心を聴く余裕は、今の私には無い。
一方的な利己的な・・押し付けの愛だ。
私を所有物として愛でているだけのこと。
悪いが、クロロ。
お前に心は開かない。
私は、前に進む。
それだけだ。

 ようやく、手と唇を離され、身体が自由になった。
私の冷たく碧いままの眼に驚いている様子だ。

「シズクに会ってから行け」

視線を外し、小さく瞬きをし、返事とする。

「では、てはずどおりに」









遥か遠くの山奥では、小竜が泣き疲れてウトウトしていた。
長龍が、「もう、いいのか?」という目で、小竜を見つめている。
雨が止んだ。










「ピ−ちゃん!」
いろいろあって、なかなか来られなかった・・。
「すまない・・シズク」
何の躊躇いもなく、シズクは、大きな目で私を直視する。
視線を外しそうになるが、それでは伝わらない。
せめて、私の中にある謝罪の気持ちが少しでも届くのならばと、向き合った。シズクの瞳に映った私の瞳は、何かを怖がっている子どものようだった。
 どれぐらい、そうしていただろう・・キスに進むでもなく
抱きしめるでもなく・・。

「ありがとねっ」

ようやく、シズクが言葉を返した。
フランクが、目を見張った。
私は、何も言えなかった。
言葉が、みつからない。

おかしな図だと思う。過去を無くしたシズクと
未来を使い果たしてしまった私とが、こうして
向き合っているのだ。刹那、
小さな、だが、しっかりとした声で、もう一言発した。

「生きて」



ズバリ、直球が私の胸に突き刺さった。

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