長編   隠者の書

□隠者の書「序」交渉
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 指定された場所は、北の国の会員制のホテルだった。
しかも、時刻が早朝。
 ゼノの条件はひとつ。 ひとりで来ること。

これには、ノブナガ、バショウ、そして、シャドウが断固として反対した。シャドウはゼノとの直接的な面識が無く、あのゾルディックと聞いた時点で、かなり引いていた。だが、私は、こちらが相手の都合に合わせるのが礼儀だと曲げなかったのである。

 案内された部屋はレストランではなく、個室だ。応接室というよりも、若干くだけた雰囲気だ。アンティ−ク調の家具で統一されているものの、よく見ると、それほど年代物でもない。私ごときに・・この程度の部屋で十分ということか。
ここで、なめられる訳にはいかない。

「朝食を一緒にどうかと思ってな」

右手を差し出し、一通りの挨拶を述べようとする私に、ゼノは軽い口調でそう言った。

硬めのソファに大きめのテ−ブル、まぁ軽い食事をするのには十分だろう。本来ならば、気の置けない仲間同士で談笑やカ−ド、チェスに興じるような場所なのだから。

「メニュ−は無い。好きにオ−ダ−すればよい」
白のオ−ダ−シ−トを机上にスッと差し出した。
 試されているのだ。   筆跡を残したくは無い。

「生憎、美しい文字を書く自信がありません。バトラ−かメイドを呼んで頂き、口頭にてお願いしたい」

それを待っていたかのように身体の細いメイドがやってきた。ゼノが、お先に、と眼で言う。素直に従った。

「ジュ−スはよく冷やしたカシス。シリアルはドライでオ−ルブランを。パンはベ−グル、胡桃かレ−ズンがあればそれを。バタ−かクリ−ムチ−ズを添えて。蜂蜜は桜。卵は固めのスクランブル、ソ−セ−ジを添えて。茶葉はアッサムでやや濃く煎れる。以上だ」
どうぞ、と、視線を流す。
ほお、という顔をし、ゼノが引き続く

「ジュ−スはグレ−プフル−ツ。ドライのブラン。パンは胚芽いりト−ストで。バタ−にオレンジマ−マレイド、オムレツにしておこうかの。キリマンで」

「かしこまりました」
一切のメモを取らず、小さな凛とした声を残し、メイドが下がる。


「上出来じゃ」

どうやら、気に入られたらしい。いよいよ、交渉の前振りの説明に入る。食事が運ばれてくる度に、やや途切れながらも、話しを聴いてもらうことが出来た。







「つまり、条件を満たす為の頭数揃えという訳じゃな?」
「失礼ながら・・」
「よく、そこまで調べあげたものよ」
「報酬は、いかほどで?」
「そうじゃな、貸しにしておこう」
「!?」
「ひとつ。殺しの依頼では無いということじゃ。ふたつ。すべて仮定の話、そうじゃろう?」
「はい」
「条件は、生きて戻ること。これでどうじゃ?不足と言うならば、お前さんがこちらの次の仕事を手伝う、とでもするかの?」
「わかりました」
「決まりじゃ」

一礼し、部屋を後にした。













戻ってきた私を見てシャドウは心底ほっとしたという表情を浮かべた。ノブナガが、上着や襟に何か着けられていないかと慎重に調べる。バショウに至っては、私自身が本物かどうだか俳句を詠ませたほどの念の入れようだ。

幾山河 
   越えさり行かば寂しさの 
          終てなむ国ぞ今日も旅ゆく

 本日の拠点となるホテルは、いわゆる二流だが、立地から警備の面で安全と判断し、決めた。最上階のワンフロアを例によって貸切った。といっても、5部屋しかないので、一部屋を談話室とすれば、あとはそれぞれが個室ということになるが。ノブナガが、それでも自分の待遇の良さに驚いていた。バショウが「これぐらい、普通だろ?」と口を滑らせてしまったため、やや拗ねた。


 「東方の三博士」について軽く説明する。
ざっとだ。ベツレヘムの光の下、キリストが誕生した。最初に誕生の祝いに駆けつけたのがメルキオ−ル、バルタザ−ル、カスパ−ルの三人だとされる。今回、どこから調べなおしてもどうしてもこの三博士というワ−ドに当たるんだ。そこで、シャルから去年の計画を細かく聞いてみた。どうやら扉を開けるのに、この三人という条件が必要なようなのだ。
Melchior 黄金、王権の象徴、青年の姿の賢者。
Balthasar乳香、神性の象徴、壮年の姿の賢者。
Casper投薬、将来の受難、死の象徴、老人の姿の賢者だ。
そのほかに、門番が二人必要だ。
つまり、最低5人で乗り込まなければ扉は開かないと読んだ。そこで、メルキオ−ルを私、バルタザ−ルをシャドウ、カスパ−ルにゼノに成ってもらえないか?と相談してきたという訳だ。
ここまでは解ったか?

バショウとシャドウはうなずいた。
ノブナガがポカンとした顔をしている。
解ったのか??
「で、おれは門番だな?」
「そうだ」
「それだけ解ればいい。難しいことはそっちに任せる」
おいおいおいおい・・。まだほんの序の口だぞ。
「で、もうひとりの門番のバショウと、組んで3人を守れば良いんだな?」
「ものすごく単純に言うとそうなる」
「了解した」

何だか解らないが、ノブナガが解ったのならそれでいいという気がして、私はそれ以上、細かい話を止めにし解散にした。








シャドウが黒の円を張ると聞かない。
私が欲しがらなければ発動しない。
「いらない」
シャドウは、何かを疑うような眼で私の身体を視る。
何を食べたのか?まで細かく聞いてくる。とうとう、

「貴様、私の母親か」

氷の一瞥をくれてやった。
まるで、赤の他人を見るような眼に
少しおとなしくなった





しかし、すぐにシャドウが正しかったことが判明した。

 

シャドウが煎れた紅茶のカップを受け取ろうとしたとたん
目の前が真っ暗になった。



「ピカッ!?」

 極、軽く、毒を盛られたようだ。くそっ!神経系だ。シャワ−のコックさえ、自力で回せない。ゾル家では、おそらくこれぐらいは調味料の部類だろう。ゼノは早速、カスパ−ルに成りきり、悪戯をした程度のことだろう。しばらくクスリから遠ざかっていた私には堪えた。シャドウに手伝ってもらい、胃をカラにする。ひたすら水を飲む。寝るを繰り返す。なめられてはいけない、と、幾分、いつもの朝食よりも多めに食べたのが災いした。日程の余裕をもって出てきて正解とも言えるか・・。

 シャドウによけいな心配をかけてしまった。
バショウとノブナガに付近の探索に出てもらった。






「正直に話せ」
いつになく、シャドウが真剣だ。
「何のことだ?」
「ピカ、お前、俺に何か隠しているだろう?」
「だから、何のことだ?」







遥か遠くの山奥で、小竜は、空を飛べずにいた。たくさん泣いた後だというのに・・・散々だ。
長龍が耳打ちする。
その言葉に
小竜は、驚いた。

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