長編   隠者の書

□隠者の書「破」朔望
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 私は、ホテルの自室でパソコンを立ち上げた。
しばらく見ていないホ−ムコ−ドにアクセスしようと思い立ったのだ。ハンタ−証を入れようとした時シャドウがノックも無しに入ってきた。

「ピカッ!」
何だ?と、いう眼で睨み返す。
「話しがある」
「後にしてくれないか?」
様子が変だ。何があった?いきなりデスクから私を引き離しベッドサイドまで移動させられる。何かに怒っているらしい。シャドウの【錬】そして、鋭い眼が私に向けられているのだ。ありえない。【Revers】を解除された。たちまちシャドウがMasterとなる。こうなったら、私はただの弟子だ。いくつかの心当たりがあるのだが、多すぎて、どれに今、怒っているのかが解らない。後ろ髪を一纏めに握られた。最悪だ。まさか拷問が始まったりはしないだろうが、もしかして今ここで殺されても文句は言えない気もして、ただ、黙っていた。









しばらく互いに眼を見合ったが、そこからは何も探ることは出来なかった。ただ、底の見えない黒い瞳は疑惑と怒りに満ちている。師匠の言葉を待つしかない。もしも師匠の逆鱗に触れたのだとしたら、一言も弁解せずに逝きたいとさえ思った。いっそひとおもいに殺せっ!師匠から嫌われるなど・・考えたことも無い。【Revers】を解かれるなど、ありえない!足元をすくわれた恐怖で次第に体温が下がっていく・・信じていた者からこのような仕打ちを受けるとは・・もう・・・何も・・。予想外の結末だ。消えてしまいたい。さらに、私自身がここまで脆いものとは思いもしなかった。二重のショックだ。胸が締め付けられる。これ以上、恥を晒す前に心に鍵をかけ離脱しようとした瞬間、声が聞こえた。


「軸に逃げるな!聞けっ」
「!」
「手を離せ、何の真似だっ?」
精一杯、突き放した言葉にしたが、出た声は弱弱しかった。
「見たのか?」
「何を?」
「ホ−ムコ−ドを見たのか?」
「見ようとしたところに貴様が入ってきた」
「まだ、見ていないんだな?」
「・・そう・・だ」
急に、態度が変わった。髪を掴んでいた手が解かれそのまま背中に回った。抱擁に変わったのだ。緊迫した空気が和らぐ。
私は・・・本気で、怖かったのだ。師匠を失うことが。ガクガクと身体が細かく震えた。なんだろう?この気持ちは?
「良かった。間に合って・・」
いつもの温かい声だ。
「何のことだ?」
「悪質なメ−ルが入っているらしい」
「誰が?」
「さあな」
すぐにも見ようとすると腕を掴まれた。背後の気は【隠】
私は、この【隠】に憧れている。周囲の雑音や空気中の小さな塵や埃さえも静かに押さえまるで浄化されるようだ。一切の邪推を許さない、クリアな水のようだ。隠すとしながらもウソを浮き彫りにしてしまうような気。私の中の悪が表に晒される。できればそんな眼で私を見ないで欲しいと願った。

「ピカ。大事な話しがある。聴く気はあるか?」
長龍の「お耳に届きますように・・」と同じニュアンスだ。
「かなり、深いのか?長くなるようならば、座ってもいいだろうか?」
「ああ」
ソファもそこにあるのだが、なぜかベッドに二人並んで腰掛ける。

 思いがけない話がいきなり始まった。







「もしも、新月の日。16日に決行する気でいるのなら、ピカに言っておかなければならない。その時にあわてても何も良いことは無いからな」
「闇夜と貴様、何の関係があると言うのだ?Ican see evenin darkness.夜眼が利く。何の不利があると?」
「実は、【影】は月の満ち欠けとリンクしている」

物凄い事実を告白され、私は完全に固まった。

「どれくらい使えない?」
「ピカの緋の眼の後ほどだ」

衝撃が全身を駆け抜けた。時を使うという基本は変わらない。ただ、月の満ち欠けのように周期的で永久に繰り返すゆったりとしたものを選んだところがこの師匠らしいと思った。まるで孤高の狼だ。月が無ければ困るとは・・。暦という考えが、日本の四季や農耕とも非常にマッチしている。
 心当たりがある。天空闘技場で、新しい鎖を見せに行ったとき、師匠はベッドに横たわっていたのだ。そんな事とは知らない私は、なんと我侭だったことか。自分の体調を一切口にせず、毎日、円を張って私の身体を休ませた。私は護られていたのだ。
「ただし、これは基本の話しだ。ピカの悩みのMPミステリ−ポイントが残っている。これに賭けてみるのも悪くは無い。ピカ、お前が死ぬ気ならば、俺の運命は決まっているだろう?光と影、剣と鞘だからな」

 剣と鞘、その話しは知っている。

 生涯の対となるべき人間のことだ。宝をひたすら護り、その権力を私利私欲には決して使ってはならない。あくまで当主を立て、その陰で尽力を尽くす。それが「鞘」だ。
 当主の鞘は通常は妻が兼任するが、同性の場合や、未成年の当主の場合、補佐役、つまり後見人が付くのだ。その形を口にこそ出さないが、師匠はこれまでずっとやってきたのだ。

 その鞘が新月、つまり大潮の晩は使えないのだ。太刀を剥き出しで闇夜に突っ込んでいく・・。これは、二度と鞘に太刀を仕舞う気が無い、つまり死ぬ気の特攻という図だ。
 今までの下調べは、いったい何だったんだ?一瞬、そう思った。
 ミステリ−ポイント・・私は、このタイミングで、「今、ここに在る身は実は本当の私ではない」と告げるべきか?
迷った。まさか弟子には竜の心分身が居る・・などと知って
どんな反応をされるか・・だいたい想像ができるというものだ。しかも、その竜は私の恐ろしく激しい喜怒哀楽を担当しているなどと・・。実際、本気でキレたら、クルタの地形ぐらい一瞬で変えてしまうほどに。

 私は話を「 水 」に摩り替えた。







「忍者で言うところの、火水木風雷土の六系のうち、貴様は水系だな?」
「そうだ。何故、今それを?」
「貴様の居るところには、いつも水が流れているからだ。私もおそらく水だと思う」
師匠はフッと笑った。
「雷だ」
「ものすごい、例え話しなのだが・・私が雨や雷を呼んだら、それは水系の貴様には有利なのか?」
「まさか、竜を呼ぶのか?ピカ」
「ああ。軸で見せたのだったな。ならば話しは早い。クルタの中での私の呼称は『静の王子』だ。激しい感情の部分は竜に預けてある。」


思ったよりもスマ−トに告白できた。一瞬、バラバラになってしまった光と影、剣と鞘は静かに寄り添った。

 

「ホ−ムコ−ド、気になるだろう?ピカが卒倒しないように一緒に見てやる」
早速、ライセンスを入れる。番号をインプットすると、これでもか!と言うほどにレオリオからのメッセ−ジが並んでいた。ああ、今日は14日か。師匠がチッと舌打ちをした。肩をギュッと抱かれる。私はそれらを開封せず、スクロ−ルした。
あった、
いよいよ問題のメ−ルだ。
開封する。

そこには私だけにわかる単語が、たったひとつ綴られていた。





     『 Ares 』



   ・・ナゼ? 今・・・
   
 それまでギリギリ保っていた意識を手放した。





小竜はキリコの住む一本杉の近くまで来ていた。一度休もう、そう思った瞬間、目の前が真っ暗になりけたたましい爆音とともに墜落していく。
自らの磁力を解放すると、身体を電気が覆った。
-  落雷  -
針葉樹に身体をイヤと言うほど擦られ、碧い鱗が飛び散った。激しく地面にたたきつけられ、のたうちながら、ようやく近くの川に逃げ込んだ。

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