長編   隠者の書

□隠者の書「破」雪形
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 オリオン座を背中に夜明けを迎えた。気流が変わる前に小竜は渡り鳥と同じ高度まで下げた。
オオルリ、ツバメ、カッコウなどの夏鳥が小竜と同じ方向を向いて飛んでいる。南の空の旅の情報を聞いた。
 ジャポン本土へ近づくと、最後の渡りのオオハクチョウ、マガン、オナガガモらが北へ帰る途中だった。ここで、重要な情報をゲットした。『雪形』と『彼岸西風』どちらも初めて聴く言葉だった。鳥達は、山の残雪と岩肌の描き出す模様で春を感じているなどと、誰が知るだろう?また、涅槃会(陰暦2月15日)前後に一週間ほど吹く西風、西方浄土からの迎え風。この風が吹くと寒が戻る。春の彼岸のあたることから、彼岸西風と言うのだそうだ。この西風を利用するなり避けるなりしながら、渡りを決行するという話しだった。
 小竜は作戦を考えた。つまり、ワカ様のおられる位置から西の山の雪形に身を隠す。そして、必要とされたその一瞬には、西風を利用し、ワカ様の下に駆けつける。これでいこう!
 かなり、ワカ様を近くに感じ、早く逢いたい想いでいっぱいだった。だが、どうやらお一人ではない。この前とは違う供をお連れのご様子・・。あれっ?小竜と同じ波長の一人の男をアンテナが捕らえた。・・・護りたいのは、この人だ。間違いない。ワカ様とこの人のお二人の時ならば、姿現しをしてもいいかも?と、思った。













 ホ−ムコ−ドのメ−ルを開かぬまま、私はライセンスカ−ドを抜き取った。月齢を計算し、23日と心に決めた。まだ、言うべき時では無い。  
 半月だ。月齢7.3上弦の月。これならシャドウも文句無いだろう・・。




 談話室ではなく、私の部屋に3人が集まるようになった。理由は二つ。ひとつは私が不定期に眠りに入る為だ。胸と眼の奥が痛い。用事が無ければ、何日でもずっとベッドで眠って居たい・・正直、そんなところだ。シャドウは、決戦の日まで私が体力を温存していると二人に説明していた。
 二つ目は、シャドウを休ませたかったから。新月から月齢が7以上になるまで、【影】としての能力に不安を感じているらしい。ならば、駒の二人に護衛させればいいことだ。





「何者だと思うか?」
「隠者ねぇ・・そいつが持っている物を奪えばいいんだろ?」
「呪文や念の類なら、勘弁だぜ?」
「・・思うのだが・・」
なぜか、その先を言葉に紡ぐのを止めた。3人は、私がいきなり会話を切ったことで、眠りに入ると思っている様子だ。

 ゼノの言葉がどうしてもひっかかるのだ。 報酬は要らない。生きて還ること。何なんだ?三者で鍵を開けてどうする?   !!  いや、逆だ。こんな面倒な組み合わせの三人で封をする必要の有った物・・・・キ−ワ−ドが足りない。  (小竜! 小竜!) あいつなら、長龍から何か聞いているかも知れない。










突然、会話から離脱し、Thinking time に入ったピカを俺は黙って見つめていた。 まるで軸に飛ぶ直前のような青白い顔。何を思いつめている?しかもさっきから俺と目を合わせない。 時間をかけて馴らした猫に手をあげてしまったのだ。抱き寄せても、まるで背中から刺されるのでは?と警戒を解かなかった。想わぬ溝ができてしまった。【網】を初めて見た時と同じ反応だ。

ピカが俺を怖がっている。本気で。
 
【Revers】をまさかこっちから解除出来る事を知らなかったのか?腕力では小さな自分が劣る事を、思い知ったとでも?今更・・どちらにしても、今は目が離せない。
 ピリピリとした気がピカの身体を包んでいる。


 


 「はずせ」

バショウとノブナガを退室させる。


 ピカの心が悲鳴を上げている。
負のスパイラルに思考が墜ちて行く。どこまでも、暗く、深く・・。いけない。そっちに行くなっ!
【お前はひとりじゃない】 【生きろ】
繰り返し繰り返し暗示を掛ける。

 ソファに深く沈みこみ、ピカの身体の力が抜ける。ベッドへ移す。
手のひらで、髪を肩を胸を手当てする。やがて眠りへと誘い込む。
 (何かのパワ−スポットなのか?ピカの波長が不安定だ。早めに【Revers】し、偉そうなピカでいてくれた方が、よっぽど扱い易い・・今のピカは手負いの猫だ)



 


 やがて、自分自身も、深い睡魔に襲われた。







 一般の観光ビザで入国した。いよいよ目的地に入る。
本土から渡船で一時間程で、この島に着いた。
 黒髪の三人は現地の人間と見まごうほどに土地に溶け込んでいる。

 私だけが、浮くのだ。

 何とも言えない疎外感に自分でも笑ってしまった。しかし、この小さな島の住民は意外にも金髪碧眼の私に対し、尊敬とも敬愛ともとれる態度で接してくる。宣教師と勘違いされているのだ。
 なるほど・・そう言う目で見ると、人口の割には教会が多いように思う。一見して、それだと解らない造りの建物が圧倒的だが・・。

「隠れキリシタン?」
「ああ」

小さな斜面にまるで貼り付く様に民家が建っている。裏道とも、水路とも、元、獣道とも思える所を無理やりコンクリ−トで舗装した細い道。すぐに階段が現れる。
 夕方になると、漁民や農民が、それぞれに思う教会へ集い静かに祈りを捧げる。普段着に頭にベ−ルだけを被せ、膝をつき両手を組む姿は何故か、美しく、懐かしくもあった。
 親に連れられ、幼子もただ真似をする。こんな風に何でも身近な大人からたくさんの事を学ぶのだ。大人たちはキットひとつでも多くを伝えようと子に語るのであろう。そして孫へ・・・命のリレ−をするのだ。


 王だけが残ったクルタを想う。既にブラック(絶滅種)の自分。しかも、竜の心分身付きだ。負の思考に墜ちて行く。

 シャドウの手が私の髪を梳く。
 それは、やがて 眠りへと導いた。








 私が目覚めてもシャドウはベッドの脇で眠っている。妨げたくなかった。月が細いのに、ずっと円を張っていたのだ。
今は、シャドウを休ませよう・・。







 現地の下見に思い切って出ることにした。

「バショウ」

「この坂道や狭い路地にはバイクがいいだろう。調達しろ。後ろに乗せてくれるか?」

 一瞬、バショウは驚いた顔をしたが、すぐに返事をした。

「喜んで」











「ピカ?クラピカはっ?」

シャドウは起きるなり、おれに掴みかかった。

まるで、自分が眠っている間に、おれがクラピカを何処かへ隠したか、殺したか、または食ってしまったような口ぶりだ。

(こいつの頭ん中は、100%クラピカなんだな・・)

呆れたが、羨ましくもあった。

「バショウとバイクで出たぜ?半時前に」








   シャドウの顔色が真っ青になった。

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