長編   隠者の書

□隠者の書「破」浮遊
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 海岸線に沿って七折れの坂道を登っていく。この国では左側通行だ。右手は迫り来る山、左は断崖絶壁だ。大小さまざまな小さな島が波に遊ばれ削られ、独特の岩肌を形成している。海鳥が激しく鳴く。

「竜だ。竜がいる!」

鳥語はさすがにほとんど解らないが、このニュアンスは解った。小竜が私の背後を姿を消したまま尾行しているのだ。バイクのミラ−には、角度が違う為、たとえ凝でも写らない。何よりも今、バショウは上機嫌で、そんな事には気が付かない。

 ふと、思いついた。 
 おそらく、小竜も同じだ。

長いトンネルが迫った。
(Take away! 出た所で拾え!)
(Yes, master.)
暗いトンネルから出た途端、眩しい日光に目を細める。


 次の瞬間、バショウの胴に回していた腕をほどいた。








 私を落としたと思い込んでいる。
路肩にバイクを止め、しばらく呆然としている姿を旋回しながら見る。気の毒だが、今は何も言わずに去る。
(いいので?)
(ああ。行けっ)
一気に上空へ舞い上がった。

 米粒のように小さくなったバショウが、来た道を引き返していくのが見えた。










西の山の斜面の岩陰に降り立つ。小竜が人の形に成った。
ほう、そう来たか・・私の形を上手く真似ている。黙って私を見つめている。私から声を掛けなければコイツは喋れない。

「よくここまで来られたな、偉いぞ、小竜」
「ワカ様、お久しぶりです」目が真剣だ。
「伝言を」
「長龍より、『昼と夜で色を変える光』と、ただ一言、お伝えするように申しつかってここまで来ました」
(私も呼んだのだが?)
(もちろんです)
合言葉だ。頭の中を総動員でワ−ドを探す。できるだけ短く、わかりやすくしなければ小竜は返事を持って帰れまい。
金緑石の一つ。太陽光の下では濃緑色に、白熱灯の下では赤紫色に見える。

「お返事を」
「『alexandrite』だ」
「『アレキサンドライト』ですねっ?承知いたしました」
右手を胸に当て会釈をする。これで、お遣いは終了だ。まぁ、返事を持って帰るのはもちろんだが・・。
「小竜」
説明するのが面倒になってきた。コイツの知能がどれ位かが実はよく解らない。ただ、激しい感情の起伏の部分のみを担当しているとするならば、ポイントのみの説明に留める。細かい部分まで理解出来ると言うならば、とても助かる。むしろ後者であって欲しいと願うのだが・・。
「どうかなさいましたか?お顔の色が・・私をお呼びになるなど、ヨ−クシンでもなさらなかったのに。よほどの窮地なのでございますか?」
「ひとつ、答えよ。」  試してみることにした。
「はい」
「Ares とは?」
「はい。アレスとは、ギリシャ神話の神、ゼウスとヘラの子です。戦いの神とされていますが、特に残酷な血なまぐさい戦いを好んだとされています。ワカ様のお誕生日の星回りが悪かった為、災いが起こらぬ様にと、ワラベに感情を分けられました。それが、何か?」
    即答だった。合格だ。 これなら、使える。

もともと、私の感情なのだ。さっきみたいに、同時に悪巧みを思いつくことも出来る。おもしろい。ただし、暴走を止められるか・・そこが問題だ。
「私のホ−ムコ−ドに、たった一言、入っていたのだ」
グラリ・・身体が揺れた。
何の妖力だ?ここの磁場は嫌いだ。
「そんなことが・・ワカ様、大丈夫ですか?」
「ああ・・。少し、休みたい」
「わかりました。どうぞ」


人の姿のまま、寄り添った。



Iwill keep what you said in mind.
Never tell this to anyone.
Tell me.
I swear I'll keep it a secret.
I need you.
Yes, me too.










バショウだけが戻ってきた。
「クラピカは?」
ノブナガが激しく挑む。それには取り合わず、シャドウに話しかける。
「クラピカの部屋は、出て行ったままだな?」
「お前、偉そうだ」
「すまん!今、言葉使いにまで頭が回らねぇ!」
三人でクラピカの部屋に向かう。
「パソコン、灰皿、左の引き出し、タオルの裏側」
「なんだそりゃ?意味があるのか?」
ノブナガの質問に、面倒臭そうに答える。
「リ−ダ−の行動に、無意味なものなどひとつも無い」
・・・確かに。仕事スイッチが入ればな・・。隙の無い身のこなし、最低限の会話。
 
 デスクの上を見て固まった。

「あんの野郎、全部、置いて行きやがった・・」
シャドウが愚痴る。

中途半端に閉じたノ−トパソコン。USBのスティックが刺さったままだ。パワ−を落としてはいない。控えめに省エネモ−ドのまま・・。どこかで見た風景だ。開くと明るく画面に映し出されたものは、薬草や毒草ではなく、美しい宝石だった。前のように、セ−バ−の絵に意味が有るのかも知れない。5秒ごとの絵変わりを2周してみた。ダイヤモンド、ガ−ネット、ルビ−、アメジスト、エメラルド、特に気になる事は無かった。
 マウスパネルに触れると直前までクラピカが見ていた画面に戻った。月暦だった。気象予報図、星図・・。

「趣味は占いかっ?」
「黙れっ!」
ノブナガの質問がバショウの神経をいちいち逆撫でする。
バショウなりに、クラピカの思考に添うように、必死で考えているところだ。この部屋は禁煙。灰皿は最初から無い。次だ。

 左の引き出しには、愛用の手のひらサイズの手帳、その裏表紙のポケットにはライセンスカ−ドが挟めてある。
「見ていいのか?」
「そんなこと言っている場合か?」
パラパラとめくって見る。何って書いてあるんだ?
何かの刺繍の文様、古代文字、ロ−マ字、速記文字、たくさんの言語や数字が5mmにも満たない大きさでびっしりだ。カレンダ−には16に〇がついていたが、消してある。代わりに23に〇がついていた。
「ライセンスも使ってみっか?」
「暗証番号が解らないだろう?」
ふたりがシャドウを見る。
「ああ、知っている」(俺とレオリオもだ)
「「は?」」
「そりゃぁ〜もしもの時は見ろって話か?」
「そうだ」

 たまに、右手の指慣らしに遊ぶ、バタフライナイフもきちんと折られていた。
 もう一箇所、タオルの後ろ。 携帯とメモ用紙の折鶴。
「なんで、タオルの後ろなんだ?」
「シャワ−ル−ムまで持って入るからだ」
折鶴を注意深く広げる。滅多に筆跡を残さないクラピカの走り書きだ。

       Carry out !
       3.23 1800 7.3  p't

 
バショウやノブナガ宛ならば、最後のサインはC
ピカットの所だけ書くのは、シャドウに宛てたという事だ。


 ここまでガサ入れして、バショウもノブナガも違和感を持った。シャドウが妙に落ち着いているのだ。
「なぁ・・」ノブナガが喋り出すのをバショウが引き継いだ
「ひとつ、聞く。シャドウ。・・これは、想定内か?」

真っ直ぐに睨み合う。どちらも目を逸らさない。
ノブナガが割って入った。
「おいおいおいおい、答えればいいことだ、何も喧嘩を売っているつもりは無ぇ!」
同時に、目を外した。
シャドウが静かにつぶやいた。

「・・・そうだ。少し、早かったがな。クラピカは今は出かけているが、必ず帰って来る。1日待ってくれ」

信用するしかない。

「あんたら親子の深い仲はよ〜く解った。だが、こっちに少し説明があってもいいと思うんだが?」



 尤もだ。と、うなずき、ソファに座るように勧める。

 シャドウが作戦の詳細を話し出した。

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