短編   Feint

□Feint 過去見
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「クロロ、話しがある。二人だけで」






俺は耳を疑った。
クラピカが喋った。

念の為、凝視するが、それはまぎれもなくクラピカだ。

ただし、今のは寝言か? 本人の身体は完璧に寝ているのだから。そこへもう一度



「寝言じゃない」


と、きたもんだ。寝ながら喋るとは、横柄にもほどがあるんじゃないの? そう、思った途端っ!クラピカの身体が二つに分かれる。幽体離脱?分離?
 そこには、あの石棺から俺の手をギュッと握って話さなかった半獣が居た。あの頃よりも人間くさく成っている。クラピカよりもやや身体がデカイ。髪が青ってあたりが、いかにも竜だが・・。霊界獣と見た。つまりはクラピカは地獄の淵まで行って戻ってきたということだ。コイツに引き戻されたんだ。

つまり・・

コイツがクラピカの声を奪った張本人、そうなのか?一気にいろいろな疑問が沸騰する。

「好きか?」 クラピカを指す。

どうやら、コイツ・・単語か二語文がやっとらしい。それならば、言わない言葉を補わなければいけない。うかつに返事は出来ない。
ゆっくりうなずく。

「よかった」 ほっとしたらしい。

何が言いたい?そのまま目を見据えてやる。

「(離れていられるのは)5分だけ。過去見につきあって!」  語尾が強い。ほとんど命令だろう。承諾する。



 コイツとまさか、また手を繋ぐことがあるとは思わなかった。だが、今は、本気で離されたら俺ひとりでは現実の世界に戻れないだろう〜それぐらいの速さだ。

 目を見据えたことが、承諾の合図だったと後から気が付く。クラピカの癖、そのままだ。大事な話の時は、恐ろしくまっすぐに見る。射抜くと言ったほうがピッタリか。

 コイツが手を握った途端、足元が溶ける様な奇妙な感覚を覚えた。次の瞬間、一気に肉体から離脱。まるで、上空4000m級へロケットで無理やり打ち上げられた、罰ゲ−ムかっ!笑えない。 辺りは・・例えるならば、宇宙空間の中に、野外の特設のセットの巨大迷路がドカンと存在する・・そんなところだ。足元は・・東京スカイツリ−じゃ無い方の、昔の東京タワ−の展望台の一箇所に強化ガラスで出来た床が存在した。わかるだろうか?例えるならば、そのガラスの床が一面に張り巡らされている、そんな感じだ。(しかも、これは強化ガラスです、などと、ことわりは無い)

 底なしの空間がひろがり、なぜか透明の文字盤がしきりに時刻を知らせている。細かいスケ−ルで刻む。まわりの星たちの動きからも、それはすごい速さなのだと思い知る。

【過去軸】 おそらく、クラピカの思考の中だ。初めて体験する具現の世界。なんという速さ、そしてすべてのものに自然そのもの、観たまんまの色がある。どんなデジタルやハイビジョンの絵よりもリアルでクリアだ。これらをすべて整然と時間の軸に収めきっているというのか?壁はすべて本で埋め尽くされていた。逆か、本で壁が出来ているのだ。
 

 その壁から一冊の本が踊り出た。ペ−ジがパラパラとめくられる。空間全部がそのペ−ジであったことの絵となり巨大スクリ−ンに投影されている。言葉は無い。映像酔いを起こしそうだ。大画面に早送りで再生される物語を無理やり見せられているのだ。
 見逃さぬ様、凝視する。瞬きする間も惜しい。
 シュッ!

 いきなり、場面が展開した。グラリ、頭を殴られたのかというくらい気持ち悪い。知らぬ間に俺が竜の手を握り締めていた。コイツに今、うっかり離されれば、戻れない。本気で怖かった。

 自分がクラピカだから、見えるのはクラピカの・・おれよりもやや低い目線での出来事だ。だから、映し出されるのは、自分以外、ノブナガやバショウも居た。バショウを見上げる形になるわけか・・それに圧倒されぬよう、知らず知らず、言葉が冷淡になるのかも知れない・・。ゼノが何やら言っている。クチパクで内容は読み取れなかった。
 
 シュッ!

 また、いきなりかよ。

 石棺の中、色石をはめ込んだクロスだ。

 バチン!!遮断された。

竜は、あわててちがう道を進む。本当に、巨大迷路だ。足元の透明な文字盤が、残り時間を刻々と知らせ緊迫する。
 壁が迫ってくる。現実世界で言うならば5m間隔で天井から垂直に降ってくる。それは、核施設の防災シャッタ−のように重厚で無機質で恐ろしい。
 クラピカの思考が竜と俺を追い詰めているのだ。こうなったら、過去を見るどころではない。この防火シャッタ−が、まるでギロチンのように殺意を剥き出しで降って来る。ハッキリと言えば、無断でヒトの心の中を覗き見した竜と俺はどこかにあるはずの出口に向かって、いや、天井から降ってくる重厚な壁に押しつぶされないようにっ!それだけを願ってただ逃げ回った。

しまいには、本の壁自体が動き出した。

竜はグッと手を握り返す。

ビュンと迷路から離脱した。足元には何も無い。全くの宇宙空間が広がっている。そして、はるか彼方まで一本の道が伸びている。

 シュッ!

またかよっ。

自分の身体を置いてあるビルが見えてきた。戻っているわけだ。

 ガツン!

もしも、これが運転と呼べるならば、竜は、おそろしく下手クソだと思う。まぁ、結果的には自分の身体に戻れたから、文句は言えないが。

 ドクンドクン・・

自分の身体に馴染むのに時間がかかる。恐ろしい心拍の速さだ。全力疾走したところで、こんなには飛び跳ねないだろう〜シズクやコルを尊敬してしまう。アイツらは毎回、これをやるのだ。平気な顔をして・・。





「ダメ。失敗」



竜が、残念そうに言う。

そんなこと、わざわざ言われずともわかる。
と、同時に、クラピカがどれほど深い闇に墜ちているのかも。
 これを、俺が引き上げられるのか?



「好き?」  竜が涙をいっぱい溜めた目で俺に訊く。主語抜きだ。クラピカを好きか?と。目で訴える。キライなどと言ったら、何をされるか判ったもんじゃない。

「ああ。ダイスキだ」



竜の目から涙が零れ落ちた。コイツ、めちゃめちゃシンプルでわかりやすい性格だ。おそらく、やっていることに、裏は無い。






 クラピカが寝返りを打つ。顔をしかめている。不機嫌だ。 ああ。こっちはめちゃくちゃ複雑でわかりにくい性格だもんな。


 竜は、あわててクラピカの身体に収まった。

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