短編集  「月の詩」

□弓張り月
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Mask 弓張り月 







「面会は、まだ許されませんか?」

ウイングにしては、めずらしく、粘る。脇に従えた弟子のズシは、思いつめた青い顔をしている。

「ウイング。今は、それよりも、あなたの大事なズシを少し休ませてやるべきだと思います」
「自分、平気ですから、どうかお気になさらないでください!」
 これ以上、この二人に嘘を言い続けても、何の効果も無いこと。ならば、この切り口ではどうでしょう。
「多分、会いたくなったら、向こうから顔を出す筈。あの男の性格を、ウイング・・あなたが知らない訳がありません」
「・・会いたく無いのだと?」
「いますぐにどうこうしてみたところで、あなた方がそれを受け入れるだけの器がないということです。それから、ズシ、レオリオ君に対してのあなたの暴言については、医師団側から注意がありました。彼は医師として遺体を解剖し、記録する仕事をしただけです。彼は立派でした。検体として、丁寧に扱い、処理をしました」
ビクッとズシが固まった。
私は、少々意地悪な考えが浮かびました。まあ、これはオプションです。クラピカも、これぐらいの補足は許すでしょう〜。
「ズシ?」
「ウイング、ここでさらにズシを責めるというのであれば、私にも考えがあります。少し、外していただけますか?」
今度は、ウイングが固まった。強化系。めちゃめちゃ分かり易いです。彼の中から、少しですが、シャドウとクラピカのことが消えました。そして今は思考がズシに集中しています。これでいい。隣に居るのに見てもくれないなど、悲しすぎます。そうですね?クラピカ・・。

「わかりました。少し、頭を冷やしてきます。サトツさん・・。私のズシに何もしないと仰ってください」
「ええ。彼と、熱いお茶を一杯戴く。ただそれだけです」
「では、お願いします」









「さて、冷めないうちにどうぞ」
「はい・・」
「君は、民俗学の成績が良いそうだね?」
「いいえ。サトツさんの足元にも及びません・・」
「特に、興味は?」
「遊牧民族と旧チベット系の少数民族です」
「ほお?それに惹かれた理由は何かな?」
「食べ物を、非常に大切に扱う点、それから、交易、流通、そしてコミュニケ−ション能力の高さです」
「一見、余所者を拒んでいるようだが、実は、そこから得る情報、あらゆる文化を吸収する力が強い。欲して止まない点だね?」
「はい」
好きな事を話す少年の瞳は、キラキラしていた。よし、これが本来のズシなのでしょう。そろそろ締めくくります。
「クラピカは、極、親しい人としか食事を共にしません。バショウやセンリツといった彼の部下とさえも、お茶を飲むだけでした。ハンタ−試験では、ゴン、キルア、レオリオ、この4人で。今考えると3人でクラピカを護っていたようにすら見えてくるから不思議です」
「自分は・・お食事をご一緒しました」
「それが、どうゆう意味か、解るね?」
「・・・はい」
「レオリオはクラピカと何度も食事をしています。クラピカにとって、レオリオは特別でした。ズシ・・あなたは、そのレオリオに『何を食べたかは全部言える、だから切らないで!』と叫んだのです。その時のレオリオの気持ちを考えたことはありますか?」

「自分・・その時、必死でした。既にボロボロのクラピカさんを、それ以上刻んで欲しくなかったです。その時の気持ちに嘘は無かったです・・でも」
「あなたに足りないところが、解って貰えて良かった」

「いつか、ちゃんと、レオリオさんには自分で謝りたいです。でも、すみません。今は出来ない・・」

「それでいい」

ウイング。この子は伸びしろが広い。まだまだ大きくなりますよ。

「さあ、ウイングと帰りなさい」
「あ・・ありがとうございます」





さて、本体とも、お別れにいたしましょう。




飲み終えたカップの底には、竜の模様が浮かび上がった。


   










 

















「レオリオ、私も一緒に行くことにした」

行っていいか?ではなく、行くことにしたんだ・・。

 振り返ると、クラピカの顔の高さにはシャドウの胸がある。まだ、この身長差の感覚には慣れない。そこに立って息をしているのは、シャドウだが、意識はクラピカが支配している。勿論、シャドウとしての意識も有るのだろうが、彼は今、身体を貸し出し中というわけだ。声はシャドウ。クラピカよりも低い、ハスキ−ボイス。
 返事をせず、地下深くエレベ−タ−で降りていく。B6と表示された階にゴンドラが停止する。このGのかかり具合、クラピカはこれを嫌う。オレは、今、此処に居るのがクラピカだと自覚し、グッと腕を掴んだ。驚いたというようにかすかに目を見開いたが、視線は床に伏せたままだった。
 ほどなく扉が開いた。この階独特の空気が身体をねっとりと包む。霊安室へと続く暗い廊下は非常灯だけが青白く灯っている。ゴム底の白い院内靴が、時折キュッと音を立て、それが何か見たことも無い生き物の悲しい鳴き声のようにも聴こえる。
 

 首から下げたパスの裏側のバ−コ−ドを壁のセンサ−に見せると、目の前の引き戸がシュッと開いた。
 この部屋全体が冷凍庫だ。
 目をつむっていても間違わずにたどり着ける、日に何度も訪れるその引き出しのロックを外した。それまで静かに後ろを付いてきていたシャドウが、いきなりガッと引き出しを引き抜いた。

 「これは・・」


冷凍。まさに文字通り「アイスド−ル」幾重にも巻かれた包帯、それなのに、顔だけはただ眠っているようだった。凍っていてもなお光を放っている金の髪。ただし、中に詰め物をされ、静かに閉じられた瞼は、それを縁取る長い睫毛に霜が降り、二度と開くことは無い。


 「ピカ・・・」

今の意識は、シャドウなのだ。大きな両手で金の髪を大切になでつける。凍った白い頬を包む。その所作は、驚くほど自分とそっくりだった。

おれは、どうすることも出来ずに、その場に立ち尽くした。

間違いなく、心を通わせた師弟。唯一の限定の念。どれほどの言葉を尽くしても、うまく言い表すことは出来ない。シャドウの指先は、どこまでも優しく、クラピカの顎を伝いその細い先から首筋に降りてゆく。鎖骨を手のひらでなぞり、ややそこに留まる。気を送っているのだ。いつも黒の円の中で施す様に。もう、蘇えりはしない。愛弟子の肉体。頭では解っていても、そうせずにはいられない・・・。悲しい親の姿。いや、師匠、そうではない、
もはや、おれが認めざる得ない・・恋人。右肩のラインをゆっくりと手のひらが伝い指先に向かう。念の鎖を器用に操るその指先で終点をむかえた。そして、もう一度、全体のフォルムを目に焼き付ける。

 やがて、シャドウは、クラピカの胸で組まれた右手の甲に
指文字を描いた。



     『ALL FOR YOU』





 















氷点下に設定されたこの部屋に、長くは居られない。

引き出しごと、荷台に乗せ、隣の炉に移動する。

「ただの抜け殻だ。ひとおもいに点火のボタンを押すがいい!」

この口調はクラピカだ。

真っ黒な口を開けた炉へつながる。荷台から引き出しだけをそれへ滑らせると、縦と横に二重のロックが掛かった。










「おや、こんな夜中に侵入者とは、感心しません」

それまで、シャドウと二人だけだと信じて疑わなかったおれは、サトツの声に跳びあがった。シャドウは、先ほどから気が付いていたとでも言うように、落ち着いている。

「誰かが代表でというのであれば、夢見も悪いでしょう〜ここは私も参加させてください」

 そう言い終えると、シャドウの手の上に自分の手を重ねた。そして、おれに、ほら・・と促す。

「Adios!」

ボタンを押すと、ビ−ッという電子音、換気のファンが回り出すウィ−ンという音、そしてボッと点火し炎が踊る音がした。


しばらく、言葉もなく立ち尽くしていたが、サトツがキリを付けた。

「わかりました。彼の意に添うように、ここから先は、私が引き受けましょう。ダイヤにするには、この後、いくつかの工程が必要です。必ず、お届けする。それまで、時間を頂く」

「骨は細い筈だ。いくつも出来るわけではなかろう。レオリオ、お前だけでいい。俺は、・・・充分だ」




 別れ際、もう一度だけ、クラピカの意識と交代した。



「れお・・りお・・」








それ以上の言葉は、風がかき消した。













夜空には、弓張り月。

俺は、半分になってしまった。

もう発動することはない黒の円。

「影、来い」と、その偉そうな口調で呼ばれることも無い。




そう自覚した途端、世界が真っ赤に変わった。

ピカ・・・

お前、こんなふうに見えるのか!?








集合が迫っている。







--  了 --



























弓張り月〜Curarpikt-side







リバ−スしたまま貴様の中に住む
小竜が消えた今、私は半身なのだ
凍った抜け殻に気を送るなど
やめろ 貴様らしくもない

仕事が残っている
やるべきことは
わかる・・・な?



緋の意思を継げ!

さあ、返事は?


『ALL FOR YOU』

即答だった

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