短編集  「月の詩」

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パン!!



 それを見つけるなり、いきなり手が出た。
無抵抗のまま、盛大に叩かれたそれは、軽くぶっ飛んだ。

 やがて、よろよろと自力で立ち上がると、こんな仕打ちをした自分の方へ真っ直ぐに歩みを進める。

 バシッ!

 なぜだろう?未知の物体と接触することへの恐怖で、それを認めることが出来ずにいた。

 またしても、いや、先ほどよりも・・・確実に弱っている。だが、立ち上がり、何度でも繰り返しこちらへ向かってくる。

 

 意地でも「ごめんなさい」を言わない代わりに、捨てられるのも怖くて後追いする、まるで子供の様だ。ただ、形が、色が、自分の知っているものとは異なる。たったそれだけのこと。では、意識はどうなのだろう?どちらが支配しているのか?確かめたい。ようやくそう思えた。
 
 いったい、どんな言葉を?

 制裁が済んだと思ったのか?目の前のそれは身構えるのを止めた。足を肩幅に開き、両手をゆるく脇に下ろす。やや胸を張り背筋を伸ばした。ゆっくりと瞼を閉じる。

(何をする気?)

 思わず【凝】で視る。

 オ−ラは【隠】

最も分かりにくい。何を隠す?このあたしに。

 



 あの二人は、もういないとだけホ−ムコ−ドに入電していた。(ああ、やっぱり)たいして驚きもしなかった。そして、文字づらどうりに、私が読むとも考えてはいない筈。では誰からの伝言?不信に思いながら、それでも何かあれば知らせが来るものと待っていた。ウイングもこのことに話が及ぶと、貝になった。

やがて、携帯に何度も無言の履歴が連なる。仕舞には数字ばかりのメ−ル。折り返しかけ直すと、ワンギリされる。これはおかしい。メ−ルに返信すると、届かずに跳ね返る。たちの悪いイタズラか?それにしては緊迫しているようにも思えた。発信元を探り、駆け付けた。それは極東の島国のどえらい山奥。この庵には何度か足を運んだことはあったが、今回は冬。この時期にここに踏み込むのは、無謀に思われた。ようやく私有地に入った所で、ひと気が無いことを確認し、自分自身の変化を解いたのだった。

 頭に来た。ひとの心配をよそに、そこに居たのだ。


 






 かける言葉がみつからないまま、それと対峙して一時間が過ぎた。











(限定の念の誓約を見抜いた私は。こんな形ででも、私が残ることで)

【紫】で話をしてみる。

 いきなりの喋りに驚いたのか、目の前のビスケは少女の姿に変化した。この体型は見たことがある。

「ありがとう、と言うべきなのかしら?」

 ようやく聞けた言葉は、ヒソカやキルアの語り口と似ている。変化系か?その記憶はほぼ無いが、この眼が唇の動きを知って、まだ覚えていた。返事は無言で返す。すると、向こうから引き続き、発言がある。

「それで?あなたを何って呼べば良くって?ピカちゃんとでも?もし、そうならば、はじめまして」

(なるほど、そうきたか)

私は再び目を閉じシャドウを前に出した。

(話が遠い。貴様、代われ!)















かなり薄い影から姿現しをした時のような、立ちくらみのような感覚がした。












「ビスケ・・」

 俺らしい物言いで、どうやら分かって貰えたようだ。

「あんたねぇ!つまるところ、あんたよりもピカちゃんの方が何手も先読み出来ていたって事よねぇ?」

 無言で首を縦に振る。

「それって?あんたの思う限定の念の最終形?確かに、それならウロウロ探し回ったり、分身を分散して円からはみ出ないように走り回る必要もないわさ」

 ギブアップだ。俺はビスケの前に仰向けに寝転んだ。大の字に手足を広げ、頭をビスケに向けて仰ぎ見る。

 俺は言葉を知らない。煮るなり焼くなり好きにしろ!










 まるで、犬が服従の証に腹を見せる、そんな形だ。その瞳は「侵入を許す」と言っている。瞳術などしばらく遣っていない。だが、言葉の足りないコイツが、ここまでするのならば、見せてもらおうじゃないの。

 眼にオ-ラを集中させ尖った神経をコイツの瞳に迷わず突き刺した。頭の中に映像のシャワ−が勢いよく降り注ぐ。この眼の持ち主が具現だから?以前、【過去見】をした時とは、ちがう見え方がした。








 なんてことを・・・



 そして、制御を学びに帰ってきたのだ。

 すでに、新しい自分を素直に受け止め、それでも【影】として生きることを誓っている。それは、操作の究極形なのかも知れない。いや、基本か。主に仕えることで力を発揮するという、間接的な発動条件、これも満たしているのだから。

 一見、悲しいマリオネット。だが、お互いを想いあう末にたどり着いた、「ともに生きる」という選択だった。




















もう、済んだのか?

ビスケが俺の肩を揺すり動かした。グラグラする。

ピカの眼から俺の頭ん中を視られ探られたのだから、あたりまえだ。知りたいのは、どうしたら緋色になるのか?ということだ。
そして、色変わりに時間がかかること。ピカは瞬き2回でほぼ緋の眼だった。俺にはまだそんな技は使えない。まるで、いっちねんせいのハリ−ポッタ−がいきなり、「ニンバス2011」という新型の箒を与えられたようなものだ。
 学ぶべきは「制御」 どこででも緋の色になれば、命がいくつあっても足りない。必要な時だけ、ほんの一瞬、緋色に成れればそれでいい。使い方が分からないのだ。・・持ち技もどれが有効なのか、ひとつひとつ確かめたい。仕える対象が、自分と同じ個体の場合、今までの誓約では、すべてがダメな気がする。それに以前、レオリオと話している途中で、突然、緋色になったことがあった。ピカの意識が俺を支配し、気が付けばおれは眠っていた。その時、俺は【黒の円】を発動していた。リバ−スしたまま意識だけが俺の中のどこかで生きているとすれば、心分身、小竜のように、本体ピカと会話し、また変化し、意識を入れ替えることも不可能では無いのかも知れない。念は奥が深い。ただ、血の通った生きた緋の眼を自分が保有している、このことだけが、妙な責任感と同じ量の根拠の無い漠然とした自信を生み出している。

 ただ、やる気はあっても、何から手を付ければいいのかが解らない。めちゃめちゃな信号を送り、それにもしもビスケが気が付き、寄ってくれればいいと考えた。その時は、意地も見栄も張らずに、曝け出そうと。
 
 レオリオを教える。そう、約束した。あれから、かなり待たせているのだ。

 まずは、俺自身が、この身体を、ピカの目を使いこなせなければならない。ピカはリバ−スしたまま俺の中に住んでいる。

 精神的に繋がっていたとしても、相手に直に触れられない、このイライラした気持ちが念の安定を妨げているのか?あの白い華奢な身体、細い指、金の髪を想うと身体中の血が騒ぐ。俺は、どこかおかしいのか?自問自答の先には負のスパイラルが待ち受けている。駄目だ、そっちへはまだ行けない!







 やがて、ビスケが俺に声を掛けた。


俺の心を全て見、師匠として、ヒトとして選び抜いたたった一言。


 男泣きに泣いた。



















「おかえり」





   







    --- 了 ---

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