2nd season 「Time」 

□激昂
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 それは、瞬殺だった。

 男は、怒りに打ち震えていた。たとえ100回殺してもまだ足りない。鬼を見た。首の真後ろの一点を楊枝のようなもので刺す。これだけだ。ビンセンは、自分に今、何が起こったか?次にどうしたらいいのか?全く、解らなかっただろう。そして、すぐに考える事と喋る事、動くこと、そして生きる事をやめさせられたのだった。

 




 念を掛けたものの死。これほど厄介なモノはない。 リ−ダ−の身体は、見えない糸に吊り下げられた人形のようだ。そこに十字架が有るように磔になっている。男は狂ったようにあらゆる印を組み、それでも駄目ならば、最期は手刀で、その見えない糸を切った。リ−ダ−の身体はあちこちが傷つき、青白い皮膚の裂け目から赤黒い血が滲んでいる。中でも酷いのが胸だった。鮫か鰐に食いちぎられたようになっている。これで生きていると言うのならば、いったい心臓はどこにあるというのだ。

 バショウには見えなかった。




クラピカは、既にそこには居ない。
既に本体から離脱していたのだから・・。















 ハンゾ−をコンテナ船の積載場から、来た道に戻り下ろした。

「クラピカッ、お前こそ、独りだと嘘をついたな・・」
ドアを閉める ボムッ という音とともに、降り際に吐き捨てるように言った言葉が途中で切れた。
「何のことだ?」
バックミラ−に、小さくなるハンゾ−の姿を、睨みながらつぶやく。すると、無人の筈の後部座席から思わぬ人物の返事があった。
「俺のことだ」
(なっ!?)
バカな、車は時速70kmで走っていた。定点での影から生えてくる師匠は、何度か見たことがあった。何時?どうやって?
動揺し、急ハンドルに切ってしまった。

 ギュルギュルギュル---

慌ててブレ−キを踏むと、車体は2度スピンし、ようやく止まった。けたたましい音が響いた。
 三車線の広い道路、中央分離帯が無かったこと、後続車が居なかったことが幸いした。

 ハンドルに伏したまま動けなかった。

「代われ」

短く指図され、素直に従った。
 

 









こんな夜中に休む場所と言ったら、こんなところしか思いつかない。ゴムマットの暖簾を車ごとくぐる。

 助手席のシ−トを倒しピカは向こうを向いている。席を入れ替わる時、手を触れようとすると、ハッキリと拒まれた。戸惑い、不安、疑惑、冷たい気がピカの身体を取り巻いている。久しぶりの師弟のご対面にしては(しかもネテロ経由で『C!!』などと、エクスクラメ−ションマ−クが2個も付いていたんだぞっ?どれだけ緊急なのかと、ヒヤヒヤした。だが、近くまで来てみたものの、コイツはご丁寧に、いつも二人の連れを付けて居やがる。ガ−ドが固い。ようやく独りと思いきや、お前の数少ないお友達の中に、俺の大嫌いな雲隠れのハゲ忍者がおいでになるとはビックリだ)そっけなさすぎる。我慢して、車の中にじっとしていてやったのに、あんまりだ。そうは思わないか?ピカよ。
 まぁ、急ハンドルにスピンなど、どんだけ驚いたかは、よ〜く伝わったがな。


 使い慣れないので、システムがよくわからなかったが、黒を基調にしたおとなしい部屋を選んだ。
 自分で歩ける、と、振り払った手は、望みどおりに俺の手の中にすっぽりと納まった。氷のように冷たい手だ。部屋に入ると二重にロックし、さらに俺は部屋いっぱいに円を張った。ピカは、俺の円の中でようやく、ほう・・と息を吐いた。まだ、言葉を一言も発しない。と、胸を押える仕草をした。バカが・・だとしたら、歩かせるのではなかった。

 すぐに抱え上げ、ベッドに横たえた。軽い。思わず、飛んだのか?と疑ったほどだ。いや、たった今、トリップから還ったような現実と夢の間に、挟まっている。

「ピカ?聴こえるか?」
右手の人差し指がシ−ツを小さくトンと叩いた。YESだ。
「自分の楽な姿勢を取れ」
俺に、何かを言いかけては口を噤む。ピカは俺と二人でこの空間に居るという現実を認識した。少しづつ受け入れる。軸は現在。しばらくごそごそしていたが、ヘッドレスト側に俺を胡坐座に座らせ、組んだ足に上体を乗せる形に落ち着いた。
      


(めんどくせぇ形だな・・)
「ハンドルで、胸をしたたか打ち付けた、そうだろ?」
意地でもこちらを向かない。そっぽを向いたままで、瞬きを一つ。
(はいはい。気長にいきますか)
すると、ピカのほうから指文字で『円を小さく』頼んできた
。ご要望にお応えし、部屋の半分ほどにする。『まだだ』
はいはい。

 しまいには、ベッドのサイズになった。これは、ある意味、理にかなっている。今から施す手当て、俺のオ−ラをピカに分ける作業を行うのだが、円が小さいほど、オ−ラの拡散を抑えられる。呼吸で言えば、酸素濃度の高いカプセルに入っているようなものだ。コイツは、それを教えられずに感じているのだ。やれやれ。

 膝に乗っているピカは、目を開けたまま、瞬きもせずに涙を溜めていた。ピカの波長を探る。ピカが俺に手当を望み、俺がピカへの施術を望む。波長はピタリと重なった。

「まかせろ、いいな?」

安心した 了解した と、瞼を閉じた。涙が納まりきれずに耳まで流れた。青白かった肌は、俺の手のひらが通ると、わずかに体温が上がる。乱れた気を鎮め交通整理してやる。自分でも無意識の自然の流れで、俺はほとんど、このまま、ピカを抱くつもりでいた。

 ピカが、この体調にもかかわらず、クロロとの対戦を控えていると知らされるまでは・・。弟子に手をつけるなど、いや、コイツの妖気にあてられただけだ。気の迷い。【限定の念】は、まだ約束を交わしただけで、使われてもいない。「影 来い!」と、呼べば必ずやってくるのだと、何度も実践を踏み、ピカが絶対の信頼を俺に置くまで。

 












「【過去見】瞳術の一種だ。俺に悪意が無いことと、どの軸にも影響しないこと。つまり、お前の過去を順序を入れ替えたり消したりはしないってことを言い置く。お前も、なるだけ素直にあったことを俺に見せようと心を開いてくれ。その方が、閉ざしているよりもずっと伝わる。表現しにくい感覚もわざわざ日本語訳して喋る必要もない。時間もかからない。いいな?」

コクン ひとつ頷いた。



 胡坐座にピカの頭が乗っている為、まるでトランプの絵札のように逆さまの図になる。不安そうに、それでも縋るように大きく開いた目。その中心の瞳に神経を集中させる。俺はピカのする離脱とは別の方法で、ピカで言う過去軸、脳の記憶を主る海馬に侵入した。ミクロの世界の探検にいいサイズの小さな影分身、そう言えばわかりやすいか?絵的に表現するとしたら、パソコンの画面で、サ−フィンして小さな窓を次々に開いていく、あの作業に似ている。
 物凄い数の記憶の中に、俺と離れてからここまでの時代を見つける。それは一番手前の記憶。そして、本人が無意識のうちに忘却へと押しやっている部分を探り当てた。これだ。

 (人の時間を盗むだと?円の範囲に居た、生き物すべてから?)ヒトに限定しないところに、ビンセンという痩せ男のズルさを感じた。そして、なんだ?コイツ、俺のピカに手をつけやがった!!しかも、ピカは、軸の存在に疑問を感じている。それは、恐ろしく孤独な時間だったはずだ。自分自身の誓約はホントウニ正しかったのか?軸は過去、現在、未来の3本でヨカッタノダロウカ?と。
 これは、危うい。ビンセンにもしも1秒盗まれれば、俺はピカを1秒間、手放すことになる。この1秒で、ピカは簡単に殺されるのだ!

 数々の(もしも)が頭の中に増殖する。いけない。
俺は急いでピカの記憶の外に出た。




 



 クロロとの対戦。俺は、声だけは聴いていたが、ハンゾ−とは初顔合わせとなった。起動力はピカを遥かに上回る。そして羨ましいほどの体格と体力。さらに、思いがけないことだが、ピカを思いやる心を持っていた。バショウもよく鍛えられている。ピカの右後ろを任されているのだから。
 だが、クロロの心臓狙いの一撃がピカにヒットした。俺は【盾】と【網】を同時に発動した。

  
  後に、俺はヨ−ダに、厳しく諭されることになる。
  ・分身を放ち、100%の俺ではなかったこと。
  ・注意力散漫
  ・先読みとバックアップの手順
  ・結果、弟子が重傷を負う 






 
 


 分身の中でも機動力自慢の飛車をホテルに送り込む。ビンセンを探させる。
 記憶の中の顔と一致した。チェックアウトをじりじりと待った。


 その姿を確認するやいなや、考える前に手が出ていた。

 生かして尋問し、ハイそうですか と、念を外すとも考えにくい。それどころか、俺の時間を盗まれる可能性の方が大きい。未知なる者への恐怖が、俺を鬼にした。ところが、ビンセンは思ったよりも用意周到だった。自らの命の危険とともに発動する別の念があったのだ。操作の基本「マリオネット」まさか、こんな基本中の基本技を、死にぎわに持ってくるなどと、誰が予想できるだろう?

 

 
 慌ててピカを捕獲したが、咄嗟に念をかけられたまま。軸に飛んでいきやがった。本体に留まるには、あまりに悲惨。それが、お前の「正解」だ。
 俺は、抜け殻を必死で護り通す。今はそれが最善の行動。俺も「正解」だと言い聞かせた。




  「助けてくれ!」

 形振り構わず、ヨ−ダの元へ転がり込んだ。

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