2nd season 「a voice」

□ 旅団編 参
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 それは、ピカが好んで飲んでいた茶葉の香りだった。「ヒトは睡眠時でも聴覚と嗅覚は休まらない・・・」または、「嗅覚の記憶は忘れにくい」ピカのうんちくだ。何をくだらないことをクソ真面目に語るのか?と、鼻であしらったものだ。だが、紅茶ひとつでここまで記憶を抉られるとは、情けないものだと思う。
 感傷に浸るのはもうやめたのだ。俺は、俺のやるべきことを・・・。
 重い瞼を開き、ガバッと起き上がった。

「ココハドコダ?」


「違う。場所じゃなくて「今何時だ?」でしょ?声は少し高めにしてくれると、なおいいわ」

 これがピカの具現なら、ほとんど怒ったような無言でかわされる。または、素直な強化系ならば、言葉のまま場所を答えるだろう。このタイミングで、こう発言出来るのが放質系だ。


 センリツが、優雅な物腰で、小さなダイニングテ−ブルにカチャリとカップを置いた。

「ごめんなさい」

音を立ててカップを置くのをピカは嫌った。そのことを言っている。

「今日は、ミルクにするのかレモンなのか、それともお砂糖の気分なのか分からな・・」

 気丈に振舞っていたセンリツがそこで言葉を切った。ピカの眼を見、固まっている。やや間があって、見間違いだ、いや見ていない、とでも言うように首を振った。俺は枕元を手探りで探した。手に触れたのは、携帯、そして、あった。サングラス。それをすぐさま着けた。



「心音を読めばいいだろう?」

「読んでいいとは言われていないわ」

「俺のことをどんなふうに説明された?」

「何も?自分で視たままを信じることにしているの。ヒトの話しには、嘘や、嘘ではないにしても、尾ひれが付くことがよくあることだから」



「そうか」


 ミルクでもレモンでも、ましてや起きるなり甘い砂糖を入れて茶を飲む習慣は、俺には無い。だが、センリツが折角煎れたのだから、ここはつべこべ言わず飲むべきなのだろう。
 小さなガラスのトレイに美しく切り分けられたレモンや小人が使うのか?と思うミルクのボトル、溶けやすさと尖りすぎない甘さで選ばれたピカの好きな蜂蜜色の角の取れた角砂糖を眺めた。

 結局、そのどれにも手を伸ばすことなく、カップの柄でない方を左手で掴んですすった。すぐに喉へ流し込んでも熱くない、ピカの好みの温めの・・。飲み込むと鼻の奥から茶葉の香りがした。

俺は、飲みおえたカップの模様など見なかった。




















「ルクソの隠れ里に行くって言うから、私が立候補したの。シャドウの迷惑かも知れない。だから3日間、時間を貰ったわ。それで、貴方のことを、少しでも分かりたいと思って。クラピカの好みも、少しは分かっているつもり。それで、貴方が辛くないなら、一緒について行ってもいいかしら?」

シャドウのカップをさげる時、ふと習慣でカップの底に残った紅茶の模様を観た。綺麗に竜の模様が浮かび上がっていたのだ。

(あら、小竜ちゃん。こんにちは♪ あなたもシャドウが心配なのね?)

「かなり高地だ。大事な耳には影響しないのか?」

「クラピカでさえ、麓の町で身体を慣らしてから登るのでしょう?まさか、港から直行なんてことはしないんでしょう?」

「まあな」

「それじゃ、クロロとシャルの許可も貰ったことだし、とにかく3日間は、ヨロシク」

「・・・」

「どうぞ、お気になさらないで。貴方は普通に振舞って。どうせ、私は、襲われたりしないし、女とも思われなくて平気。貴方にはクラピカしか見えないのだし。何の問題も無いわ」









『師匠は【影】を発動する。クラピカ限定の念だそうだ。仕組みは全くわからない。あの師弟はクラピカが光、師匠が影になってペアを組んだ時が一番強えぇ。ジャポンでの戦いで立証済みだ。それは例え光が念を使えないほど弱まっていようが関係ねぇ。今回もそうだ。クラピカが影を呼びさえすれば、影は飛んでいく。物凄ゲェ信頼関係だ。くやしいが、オレなど呼ばれもしねぇ!たまに呼ばれてもなぞなぞ付きの連絡係サ』 
バショウから聞いた時には、身体中に衝撃が走った。一人ぼっちだと思っていたクラピカが、ペアの念を誓約しているなんて、考えもしなかったから。

 クラピカはシャドウの前ではただの子どもだった。何をしてもどんな振る舞いをも許される。シャドウの許容範囲が広く深かった。クラピカは仕事モ−ドの一瞬だけ、シャドウを指図する立場に居ただけ。それも、シャドウのバックアップが有るから、クラピカは自由に動けた。絶対的な信頼。言葉を封印したのは、『喋る必要が無かった』『言葉のかけかたひとつで、ヒトだって殺せる』要するに、訳し間違い、言葉の些細なニュアンスのとり違いを、一番気にしていたから。 直接、アイコンタクト、これで全部足りる。それだけの関係にあった。
   〜〜これが私のペアの念に関する解釈〜〜

 「クラピカはあなたには振り向かないわ」ペアの念の解釈をバショウと何度も話し合った。「捨て駒でもいい。クラピカを護れれば」それが彼の結論。
 
 いまだに、あの時、地面から生えてきた大きな手の夢を見る。いきなり足首を掴まれたクラピカの驚いた白い顔を忘れられない。屍を跡形も無く消してくれた小竜ちゃん、一言の言い訳もせずに無言を通した怖いくらいの優しさも。

 蜘蛛それぞれがクラピカに忠誠を誓う。

ところが逆だったのだ。クラピカがシャドウを護っていたのだ。クラピカの姿は見えず、シャドウだけがここに居る。 訳あってレオリオの方に行っているのか?連絡を試みたが、どうやっても繋がらない。




必要なのは、今までどうしていた?よりも、今からどうしたいか?ってことよね、そうでしょ?クラピカ。
 私は、自分からあれこれ聞かないわ。3日待ってみる。そしてよく見てみるわ。貴方が無言のうちにたくさんのことを語っているように。私はできるだけシャドウを理解しょうと努力してみるわ。大切なのは、「ひとりじゃない」ってこと。




そして、どんな理由にせよ、貴方の大好きなシャドウをひとりにしない、これが大切。相手が居ればそこには会話が生まれるわ。そして自分とは切り口の違う考え方も。小さな頭の中だけで、自問自答をするよりもよっぽど健康的。クラピカ・・・あなたは私の笛の音を聴いて涙したのではなくてよ。誰かが自分を分かろうと心を開いた状態で寄り添ってくれたことに対しての涙、そうだったわね?

いそがない。

このタイプの人は、自分のペ−スをかき乱されることが一番イヤだと思うわ。

























「面白いことに成ったね?」

窓ガラスに打ち付けられた雨つぶが阿弥陀くじのように進路変更しながら上から下へ降りて行くのを団長は黙って眺めている。この部屋は防音仕様で、外がたとえ嵐でも静かだ。
南のアジトの強化ガラスをクラピカが破って花壇に落下したことをふと思い出した。「親子喧嘩だ。問題ない」言葉の使い方を間違ったとしか思えなかった。だいたい、シャドウは真っ青だったのだ。落ちて気を失ったクラピカよりも。やけに鮮明に記憶が蘇える。
 
 ようやく返事をした。

「操作系に一番近い系統、相手を理解しようとする懐の深さは一番だ。あたりの柔らかさと、注意深さの両方を持っている。ただ、問題は体力と俊敏さに欠けること」

よかった。人の話、聞いているんだ。

「それって、何かを護ろうとするシャドウにはピッタリかも?」

「いや、どう転ぶかわからない。それをセンリツが一番わかっている。どちらにしても、自分がクラピカの世話を焼いたという実績が功を奏すか、邪魔をするか・・3日というのはいいセンだ」

「まずは、センリツの出方を見守りますか!」

「あのシャドウが、センリツと同室とはな」

マチが『死神』と言い切った。シャドウと同室だったノブナガも、そしてクラピカも今は居ない・・。怖いのはわかる。
あの顔で、寡黙。何を考えているのか分からない。



「こっちも、折角の3日間を無駄にしないで働きますか!」



 


 語尾を強める言い方で、団長を励ましてみる。



 話はそこで途切れたが、ここで部屋から出て行く必要も無いと判断し、ソファに寝転んだ。マチが呼ばれでもすれば、入れ替わりに出て行けばいいだけのことだ。ただ、マチは団長の鬱々とした変化に敏感だ。そして、訳を知りたがるだろう。今は、おそらく、うまく説明できない。ならば、俺は出て行く訳にはいかない。勝手な方程式で、ソファに沈む理由を肯定する。






 団長は、あいかわらず窓にあたる雨粒を見ている。























「センリツ・・・3日と言ったな?」

「ええ」

「もしかして、その3日間は、自由に使っていいということか?」

「ええ、そうよ。その間、シャルもクロロも一切、干渉しないと約束で」

「では、答えだ。里へは連れて行けない。なぜならば、貴方の能力。レアは前線に出ない、これが掟だ。それに気圧の変化で大切な耳を悪くさせる訳にはいかない」

「即答ね」

「そうだ。ただ、3日間、それを俺にくれ。センリツ・・。あなたは、さも俺と共同生活をしているという振りをしてくれ」

「時間を稼げと?」

「そうだ」

「3日後、必ず帰ると?」

「約束する」


 携帯とサングラス。新しい小道具ごと移動するのは初めてだ。だが、それを【周】で覆い、サングラスも携帯も俺の一部分と認識した。
 センリツの目の前で、ちいさなテ−ブルに出来た薄い影に足を置いた。ゆっくりと底なし沼に堕ちるように、姿くらましをする。

 センリツは、足が溶けたのを驚いたという顔をし、そして、胸のあたりまで沈む頃には、【影】を面白そうに見守っていた。唇の動きだけで「必ず」と言うと、「わかった」とうなずいた。だが、センリツにしてみれば、不安な筈だ。そこで、思い直し携帯とサングラスを預けることにした。必ず帰る。これが保険だ。センリツは両手で大事に受け取った。
携帯は指紋認証でロックしてある。サングラスには何の仕掛けも無い。
 俺はピカの眼を護るように両手で目を覆った。

 夜色の空間がねじ曲がり、星図がひっくり返る。耳のすぐそばを強い風が吹き抜けて行く。逆か。俺が風に成り、宇宙(そら)を移動する。ピカの眼になって初めての移動だ。自分の眼よりも絵的に感じる感度が良い。距離の把握、見ようとしたそれに照準が定まるのが速い。3つの時間軸を使い分けたピカは、この眼で、こんなふうに空間の認識をしていたのだ。あらゆる世界の色が鮮明に映し出される。俺は、これを使いこなせるのか?

 今夜が上弦の月だったことに感謝した。

 俺の拠点へと移動した。








「HOME」

どこからでも、庵に繋がる。うっそうと雑木林が茂る。そこが昼間でも影はいくらでもある。ましてや、その地が夜ならば、なお都合がいい。

 今回の移動は、かなり長距離だった。

 ようやく、足首まで地面から生えた。ゆっくりと目を開ける。両の手で、身体のどの部分も完璧に来れたかどうか触診してみる。大丈夫だ。

 ピシッと乾いた竹のしなる音がした。

 振り返る前に思わず、声が出た。

「ピカ?」



バカか。





居る訳がない・・・・。





風が吹き抜けて行った。

小竜!?お前か?



I miss you.
Alone at last.



ほら、まただ。

世界が緋色に染まった。

ピカ。お前・・こんなふうに見えるんだな?








やがて、俺は意識を手放した。















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・ 短編集「月の詩」の「HOME」に繋がります。




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a voice (Melody-side)



そう これがシャドウの遠隔操作
三日間
わたしは拘束された
はじめの一瞬で【紫】に嵌った


うっかりしていた
あのクラピカの師匠であり参謀だった
いや
心に傷を負った
かわいそうな人だと
決めつけたのは わたし


キライな紅茶も飲み
巧みに話を合わす
その間に頭の中では
着々と作戦が出来上がっていたのだ
もう 既に 次のステ−ジへ


旅団に居ながらにして
どう サポ−トできるのだろう?
いや この考えこそが 驕り
とても ついていけない



ずるいわ


無言で渡された
携帯とサングラスが
責任の重さを語っている







三日間


わたしは二人分のお茶を煎れ
二人分の洗濯をして
あたりまえを装う


カモフラ−ジュ
わたしの得意分野も
よく ご存じね

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