短編 風の舞
□風の舞 菖蒲・蓮・桐・蝉
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風の舞 ・ 菖蒲
「なぁ、オッサン、クラピカってあんなだっけ?」
どこでどうやったらオレのマンションが分かるのか?しかもノーアポで、いきなりドアチャイムを鳴らしての訪問だ。こっちが夜勤明けだろうが涼しい顔で。
まぁ、無下に追い払う訳にもいかず、「まあ、上がれや」と部屋に招き入れ、「その辺に座っとけ」と、飲み物を取りにキッチンへ引っ込む背中に「あ、おれ炭酸でいいから」ときたもんだ。週明けに酒と割って飲もうと企んでいたコーラをキルアの為に気前よく開け、ビールの中ジョッキに移すと妙に嵩が足りない。ええい!と、冷凍庫からとっておきのバニラアイスを取り出し、力任せにカレースプーンで抉り出し、ジョッキに浮かべた。
PCの前に引っ張ってきたダイニングの椅子に後ろ前に跨り、背もたれに腕を組む姿勢でこっちを向いていたキルアが、トレーに載った飲み物を目視し、わずかに(おっ)と瞼を開いた。
テーブルに置こうとするが、掌を上に(こっち)と手招きされ、行儀が悪いのはしかたないかとそれを手渡しする。突き刺したストローでアイスをジョッキの底へ押し込むと、白い泡とともにコーラの色が濁った。
ズズッ
チャイムの音で、スラックスを急いで履いたものの、上はパジャマのシャツのままだったことに気が付く。クルリと背を向け、ハンガーに掛けてあるシャツに着替える。
「オッサンさぁ。見たまんまを信じやすいんだよね?」
「何のことだ?」
「いやだなぁ。隙だらけってコト。セキュリティも甘いし、来るものは拒まず去る者は追わずってスタイル?」
「キルア。オレに分かるように話せや」
「おっさん。おれがひとりでふらっとここに寄るってことが、異常だとは思わないの?クラピカは外出中?」
「見かけたのか?何処でだ?無事か?」
「は〜ん・・心配はしていたけれど、何時、帰ってくるかもわからない。ってことで、実は、こっから動けなかった?」
「そのとおりだ」
「わかった。おれは今、兄貴と分担してるから、少しなら自由に動ける。何かわかったら、連絡する。ごっそさん」
「キルアッ!?オレは?」
「おっさんはいつも通りでいなよ」
バタン
「・・つっ」
飲み終えたジョッキの底に、メモが挟んであった。
風の舞 ・ 蓮
『 ポスト 』
たった一語文。
だが、斜めに角の立ったクラピカの筆跡!オレはメモを握りしめ慌てて表の郵便受けに走った。だが、そこには2日溜まった新聞と、必要の無い育児教室のチラシ、必ず痩せます!と銘打った怪しい器具のDM。そして、預かり期限が今日までのレイチェルからの荷物の宅配便の不在票だけだった。レイチェルはオレと同期の研修医のスチュワートの彼女だ。いい加減、結婚すれば?と周りから言われてはいるが、当人はそういった縛りの中にちんまりと納まる器ではない。レイチェルはオレの不摂生を見かねて、時々大量の野菜クッキーを焼いたり、時には「美味しかったから」という理由だけでネットでお取り寄せをしては送り付けてくるのだ。いや、今は、どうでもいい。
ここではない、どこかのポスト。何か手がかりは無いかと皺になったメモ紙を広げる。裏返すと、それ自体がセントラルの駅前の地図になっていた。
クラピカは久しぶりにセントラルまで出たんだ。街角のフリーペーパーに手を伸ばしたとしても不思議ではない。駅前のポストだろうか?
「おっさんはいつも通りでいなよ」
既に、キルアがこれにあたるということだ。
オレがうろうろしたら、キルアの動きが無駄に成るってことか?
ひとまず、新聞とDMを脇にはさみ、部屋に戻ることにする。
バサリ
確かに、そこにはコンクリートの階段があるだけだった。今、地面から生えて来たか?空から降って来たか?
いや、空気が見えないカーテンのようにかすかに開き、そこから注文した薬の袋が投げ落とされた、そんな感覚だ。
「クラピカ!?」
咄嗟に出た声は、思いのほか大きかった。その声に怯えるように、そこだけの空気が震え、静まった。
風の舞 ・ 桐
カサリ
正規の取引はされていない。だから、値段は無い。
それが、この薬だ。薬と言っても、パッと見れば、高機能の絆創膏か、良く言えば使い捨てのコンタクトレンズのようなもの。ひとつひとつアルミパックで平たく密閉されている。『空気に触れることはなるべく避け、使用する直前に開封、ただちに対象者の舌下に貼り付ける。口の中では辛さというよりも痛いほどのピリリという刺激と、パチパチと何がが弾けるらしい。それも一時で終わり、それから一気に気分は天国』 チュワの熱弁によると、そうゆう薬らしい。ただ、名前も成分もわからない。クセになるのかということも。流星街で手に入るらしいという曖昧な情報だけだった。欲しいだけの数が揃うとも考えられない。一枚かも知れないし、三枚かも知れない。
噂だけが静かに広まる。
最初はバカにしていたチュワだったが、いろいろと自分でも調べたのだろう〜日を追うごとに、物欲が自制心を追い越していく。
根負けして、「そんなに言うんなら〜知り合いに掛け合ってやるよ」と、思ってもみない詞が口から出ていた。
その知り合いっていうのが、ヒソカだ。
「ふ〜ん ♡ 面白そうだ」
スマホ越しに聞こえたのはぞっとするような声の
不思議な返事だった。
カサリ
アルミパックは密閉されているが、それを隠すように幾重にも蝋引きの和紙で包まれていた。二枚ある。オレとチュワで一枚づつか。
これだけ?
疑えばきりがない。手に入ったというだけで良しとする。
いや、まて。
ヒソカが、ハイこれですよ♪ と、全部、渡すだろうか?
クラピカに使われたとは考えられないか?
・・・使わない訳がない。むしろ、最初からそのつもりで、宅配便には乗せられないだの、取りに来いだの細かく時刻まで指定してきたんだ。
オレは、つくづく、バカだ。
チュワを巻き込むつもりはないが、居候が行方知れずだという事実だけは、話してもいいと結論づけた。
「シロ・・」
「あんたが、血相変えて呼ぶから、ホント!びっくりだったわよ。あら?でも、案外、良い奴なんじゃない?うちらのことは見えないみたいだけど〜」
グレは落ち着いたのか、黙っている。
「ヒグラシが鳴く前に、戻さないとダメよ」
返事は期待していないが、一応、反応を見る。
「この子はディーを忘れたの。だから、私たちのことも今は知らない。グレ、あんたはただ、言いつけを守っただけ。誰も悪くない。でも、このまま時間のねじれの中には居られないの。
この子のまわりの人が、嗅ぎまわっている。タイミングを見て戻りなされ」
そっぽを向いていたグレだったが、一瞬、こっちを見て、しかたなくかすかに頷いた。
風の舞 ・ 蝉
こぽこぽこぽ・・
水の中に潜った時の様な音が耳元を過ぎていく。
(ここは何処だ?)
提示した疑問と問題点、そして解決の糸口、解決策、一直線で結ぶ、それら一連の思考をプツプツと斬るような、いや、痛みというよりは快楽にも似た、不思議な感覚が遮る。目を閉じたまま、まずは指先、手首、足首、肘、膝、肩、首、心臓から遠い関節から順に動かしてみる。全方向に何の支障も無く動かせた。気の流れを静かに整える。敵意も殺意も見当たらない。
(しばらく、身を任せてみるのも悪くない)
体温よりも、ほんの少し低い、だが、身体をしめつけるゆるい水圧は感じない。どちらかといえば、空中に居るような浮遊感だ。不思議と呼吸が自由に出来る。肌がそれを何処で覚えたのか記憶を辿る。
(そうか、GIで、マグネティックホースやリターン、そしてリーブを使った時の空を飛ぶ感覚に近い。では、ボクは今、何処かに高速で移動しているのだろうか?)
ぬるり
肌のそばを舐めるように、形の無いモノが意志を持って通り過ぎる。何かを確認するように、言い方を変えれば、監視するように。言い過ぎか?注意を払うというよりも、なんだろう〜高尚な思考〜例えるならば、祈りにも似た・・。
(初めての感覚だ)
今、ボクはキット、何かのトラップに嵌ったんだ。
ウサギちゃんには、仕掛けが施されていたのだろう〜。例えば【等価返還】同じ質量同じ時間のダメージがそのまま自分に還ってくるとか。殺意をもってウサギに触るとこちらも死ぬとか?
(だが、ボクには殺す気は無い。それどころか、優しくしてやるつもりだ。これから時間をかけて信用を得る。向こうから心を開けば身体も開く。それを楽しむことにする。そして、絶対的なボクに成った時、奈落の底へ突き落す!)
どうして??って信じていたのに??って。その時の一瞬のウサギちゃんの顔を見られるのが楽しみだ。とっても♡
こぽこぽこぽ・・・
静かに目を開け、視界の左端で捉えたのは、慌てて飛び去る鳥のような白い影だった。
---------つづく---------