短編   風の舞

□風の舞 ・ 栬 ・椿・雪・橘
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「おっさん!?もしかして、コイツをおれだと思った?」

「キルアが、二人」

 そう、目の前にキルアが二人いるのだ。

 ------- 遡ること、5分前。

「あ〜レオリオ、近くまで来てるんだけど、ちょっと服が汚れてね、今からそっちに寄るから、ちょっと手を洗わせてくんない?」
 いいぞと通話を切った途端、チュワから返信が届く。その後、クラピカが急変し、オレが殴り倒したような格好を、キルアに見られた。
 が、そのあとで、もう一人のキルアが来たのだ。

------- これが目の前の状況

「頭、混乱してるみたいだから、黙っててイイよ。でも、誰も動くな!いい?レオリオ、耳だけ貸しな。おれの話しを黙って聞けよ!」

 力いっぱい握りしめているクラピカの手首の色が無くなってきた。もう一方の空いた手で、両方のキルアにかわるがわる静止の手振りをする。しゃがみ込み寄りかかる形で首をダラリと深く傾けているクラピカの表情は見えない。

「あ〜レオリオ、手を離しちゃダメだ。頼むから、動くなって・・」
 言葉と裏腹に、後から来たキルアの眼光は鋭い。

「こっからの話は、そちらに向かって言うから、レオリオは、分かんなくても黙ってて。いい?」

 しかたなく、黙って(お、おう)と頷く。

 後から来たキルアが喋り出した。













「逃げようとか思わないでくれる?無理だから。今、兄貴が外で円を張ってくれている。おれは今、兄貴と一緒に仕事をしているから一応〜仲間だ。だから兄貴の円の中でも支障なく動ける訳。クラピカが倒れたのは、おっさんが殴ったからじゃないって、分かるから、ヘタな言い訳とか要らない」

(ね?)と、念を押され(おう)と頷く。

「おれ、不思議に思ってたんだよね〜。今までも、クラピカって普通にしている分には、ぜんぜん普通じゃん?なのに、ちょっかいかけていじって怒らせると、途端に倒れる。これって、なんか、条件が決まっている時に起きるんだよね?兄貴に愚痴ったら、念で、操作系のヤツが絡んでるんじゃないかって。だから、留学して、学校から離れてしまえばさすがに効力を失うかもって思ってた。そうしていると、行方不明だ。そして、今回、いきなり帰って来た。こんだけ時間が経っているのに、まるで今朝出かけたみたいに・・・だろ?レオリオ」

 大きな目がギロリとこちらを射る。

(ああ)頷くと、そ、ありがとね、とでも言いたげに瞬いてクルリと正面に焦点を絞った。

「おれには、全然、似てないんだけどな〜騙されるほうにも、少し問題あるぜ?条件のひとつ。レオリオが傍に居ること。アタリ?だよねっ?おっさんとしては、具合が悪いクラピカを放ってはおけない。クラピカも、世話を焼かれることを次第に心地よいと思うようになる。操られていても気が付かないさ」

 鈍いオレにも、キンという耳鳴りが走る。足にもたれかかっているクラピカの身体がビクッと固くなる。

「ああ。兄貴の円、狭くなってきてる。わかるだろ?ニセモノ。おれの知り合いに、ちょっかいかけないでくれる?」

 クラピカが、ヒューヒューと短い息を繰り返しながら床に倒れ込んだ。思わず時計を見る。キルアの話が長くない事を祈る。

 キルアが5,6歩進み出てオレの腕をつかみ、小声で訊く
「おれ、喋ったの、帰って来たって電話だけなんだけど」

(じゃぁ、病院の渡り廊下は?ニセモノか?)

 心なしか、ニセモノと呼ばれたキルアが薄くなった。








 オレとクラピカの脇に、ニセモノと呼び捨てたそれに対峙する形でキルアが立つ。


「まってくれ!話は、クラピカを」
「ああ。治療?こうすれば?どう?」

 キルアの右手が鋭利に変化している。その爪をシャッと軽く振り下ろすと、クラピカの金糸がパラリと床に舞い降り、ややあって頬に赤い筋が浮かび上がる。

「何しやがる!?」
「おっさんは黙ってろって!」 それより、ほら、あっちを見て見なよ、と、視線を目の前に移す。

 オーラというものをハッキリと見た事のないオレだが、そんなオレにも、目の前のニセモノの背負っている真っ黒な空気の波動は分かった。驚きと怒りと、なぜかほんの少しだけ迷いの様なものを感じる。肩を震わせ俯いている顔は、もはや、キルアを形取るのを止めたようだ。

「なあ、キルア。おっおまえがホンモノってことは、その手とソイツで分かった。話もちゃんと聴く。だから・・」

「ああ。いいよ。ただし、おっさんはクラピカから手を離しちゃダメだ」

「ったりめーだ。離さねえよ・・っと・・」
 
 クラピカを抱え上げ、部屋に運ぼうかとドアを見ると、キルアがこっちだとソファを指さす。どうやら、リビング限定らしい・・。手を離さないとすれば、そうだな、キルアに持って来させよう。

「キルア、毛布を取って来てくれ」

「はあ?・・・そっか。はいはい」

「背中にクッションを二枚。上体を起こした方が楽なんだ」

「へえ・・」

「なあ、キルア」

「なに?」

「何で、ニセモノは動かない?」

「あんたバカ?レオリオがクラピカを触っているからに決まってるじゃん」

「はぁ?」




 喋りながら、クラピカの部屋から持って来たブルーグレーの毛布を掛けてやる。そのキルアの右手は元に戻っていた。オレは、クラピカ頬の傷から首筋にかけて軽く撫でる。脈は思ったよりも安定していた。胸に手を当て診る。


「呼吸も深く出来ている。少し眠れば大丈夫だ」

キルアがフッと息を吐いたのを見逃さなかった。

 頬の傷は、ごく浅いものだった。もしかしたらオレの診立てにホッとしているのはコイツかも。ポーカーフェイスのキルアだが、本気で傷つける気は無かったのかも知れない・・。殺気を感じて、ほんの少し、クラピカが動いてしまったのだろうか・・?

「もしかして、レオリオって自分の能力が分かっていない?とか?」

「能力?」

「マジ?」 信じられないという顔をされた。













「短く言えば、レオリオがバリアってこと」

「バリア?」

「ん〜正確には、解毒とか、そんなところかな?」

「解毒?」

「あのね、レオリオ。今、おれたち、兄貴の円の中に居るの。それって結構〜ヤバイ訳。まぁ、ニセモノが動けないのは、兄貴のせいでもあるし、目の前にクラピカが居るのに、寄れない触れないのは、レオリオがニセモノとクラピカの間に割って入る形でクラピカを触っているから」

「オレがクラピカから離れたらどうなる?」

「ん〜考えたくないけど、ニセモノがクラピカを攫って逃げるとか」

「とか?」

「クラピカが兄貴の円に潰される、とかね?」

「おっと〜危ねぇ」

 ダイニングの椅子をソフア横までひっぱり、背もたれを前に跨る。肘を張り、顎を乗せ、わざとらしい晴れ晴れとした明るい声で、キルアが喋り出す。

「さて、ニセモノも限界みたいだ。答え合わせをしよう!」





テーブルの上のスマホを断りも無くキルアが手に取る。しばらく画面に目を落とす。チラリとオレを見る。
「口癖?それとも懐かしの彼女の誕生日とか?」 暗証番号の話だ。

「さあな!どうせ、すぐ辿り着くだろうが」 もう、破れかぶれである。こっからスマホにゃ届かない。かといってクラピカから離れるわけにはいかないときている。

 チェッと舌打ちしたキルアだが、それはそれは楽しそうに暗証番号を推理している。
「わ〜った。おおかた、誰かに言われたセリフそのまんまだな。イマドキ、ヤンキーでも、そんなこと言わねって・・」
「※※※※」   開けやがった。

素早くメール画面へスライドさせ、送受信記録そして、通話記録をチェックしたらしい・・。こっからは画面までは角度がついて見えねぇ。  やけに納得し、ぶつぶつと自分の中で整理している様子だ。

「へえ〜!おっどろき。ここがどうしても分かんなかったんだ。これで確定だ」

 バシッ

そこそこいい音をさせて、スマホをテーブルに置きやがった。 壊すなよっ!目で訴えると、それを上回る眼力で返される。 な、何だよっ?

「ねえ、それって一応〜ヘンゲなの?だとしたら、もう、いいから、元の姿に戻りなよ。どうせ、原型留めてないし、それをおれだって言われても困る。クラピカはしばらく寝てるみたいだから、よくね?」  ニセモノに話している。

 もわもわと黒い煙のような物体が、何とかヒトの形かな?というぐらいの大きさで渦を巻いている。ヒトというよりも、上手く言いあてるならば、子どもの描いた絵のような丸い頭からいきなり手足が出ている4本足の梅干し星人のようだ。

 キーンと耳鳴りがして、次にドアが開きバタンと閉まる音がした。が、中に入ってくる気は無さそうだ。

「甘いね、レオリオ。入ってくるじゃなくて、今、出て行ったのサ。あれの中身が。スゲー!逃げ切れると踏んだんだぜ?ある意味、尊敬する」

「じゃぁ、これは?」

「人質?置き土産?それとも、イタズラ?そんなセンスがあるとは思わないけど?」

 ニセモノが立っていたそこには、まるで醜いアヒルの子のような、灰色の雛鳥がうずくまっていた。

 pppppppppppp

「あ。兄貴?うん。何か出てった。そっち頼む。じゃ。こっちは、あらかた話しつけとくから。・・・了解」

 いつから持っていたのか、キルアの手のひらには、ゆで卵を縦に半分に切ったような通信機があった。

「ああ、これ?ゾル家(家族)専用の通信機。最近、もっと小型化したんだけど、小さきゃいいってもんでもない。違うボタンを押しそうだから、怖くて未だに旧型を持ってる。だいたい、ブタ君が、細工無しで渡すとも思えねぇし・・」 語尾の歯切れが悪い。キルアもいろいろあるらしい。

「ねえ。このブッサイクに話しかけても、通じると思う?」

「さあな。でも、一応〜人質として身代りに置いて行ったって言うんなら、それなりの頭は有るんじゃね?」
 クラピカが無意識に寝返りをしようとしてソファーから落ちかかるのを受けとめながら言葉を返す。

「か〜!面倒くせ〜。ま、しかたないか」



   ようやく本題に入るらしい。キルアが真顔に成った。






「今回の騒動の発端は、ズバリ、レオリオ。おっさんにあるんだ。それで、一番のとばっちりを受けたのがクラピカ。枝葉末節の説明は省いて、幹だけザッと説明するから、黙って聞いて。」

(お、おう)

「オフクロが取り寄せる筈の薬が途中で抜きとられたんだ。ま、昔からちょこちょこ有る話だったんだけど。今度やられたらソイツを徹底的に追ってシッポを掴んでやるって兄貴と話が出来ていた訳。
 いろいろと手繰っていくと、抜いたのはヒソカらしい。でも数が足りない。まさかと思うよね?レオリオとヒソカがメル友なんて!」

 ガッカリという口ぶりで、オレを見る。慌てて目を逸らした。

「決定打の無いまま、レオリオ周辺をかためていくと、ヒソカの方を探っていた兄貴からクラピカの様子について妙な話を聞いたんだ。1つはクラピカの記憶。2つ目は念。
 何等かの暗示を掛けられている可能性は、学園に居た時からあったんだ。訳アリの季節外れの留学生〜ぐらいの感覚でね?でも、さっきも言った通り、そこにはいつもレオリオが居るんだ。裏返せば、レオリオが看病出来る時にクラピカは発作〜上手く言えないから仮に発作とさせてもらうけど・・を起こす。これっておかしくない?
 あ〜話、長くなるとヤバイからそろそろ終わるけど、全く、姿を現さなくなった非常勤講師、クラピカのことを目に掛けていた〜奴を追う羽目に成った訳!」

 ズバリ!! 歌舞伎の見栄を切るように、アゴで円を描き、フロアに拉げている、けったいな鳥の雛に向かってビシッと指を指した。
 さすがに浮世離れした話に、思わず声を上げた。

「人間じゃ無いだろ?それ」

キルアは、一歩も引く気は無い。さっきから一瞬も目を離さない。それどころか、雛を凝視しているのだ。振り絞るように、噛みしめるように、低い声で、思ってもみない言葉で・・。



「返してくれ。おれの・・憧れの・・クラピカを元に戻せ!」










・・・・つづく・・・・

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